何もない私

そんな私を救ってくれたのは

部活

どこにでもあるような

陸上部だったんだ

 県大会はあっという間にやってきた。召集所は本格的だった。競技場は大きか った。皆強そうに見えた。だから、和実はアップした後、召集所でもらったゼッ ケンを、右に付けるか、左に付けるか迷った。思い出せなくて、隣の人に聞いた 。最終コールが終わると皆が流しを始めた。和実も真似をしてやってみた。心臓 がドキドキする。

「スタブロをあわせてください。」

その声に反応した和実は、スタブロをあわせた。手が震えていた。スタブロの一 部を持ち上げて、すぐに落とすほどだった。怖かった。流しをした。スタート位 置につく。

「位置について。」

「よーい。」

腰を上げる。

そして雷管がなった。

隣の人には200mで抜かされた。速い人には全然追いつけなかった。コーナー を曲がった後も差を縮めることすら出来なかった。でも、明らかに、最初の試合 ほどはきつくなかった。和実はゴールした。一着の人とはあり得ないほど差がつ いていた。和実は四着で61秒台のベストだった。プラスで拾われてギリギリ準 決勝に進んだ。

和実は準決勝の最終コールを待つとき、緑のジャージ姿が似合うすごく美人な選 手と少し話をした。

「400mは、きつくて怖くないですか:::?」

彼女は和実がした質問に対して、にこやかにこう答えた。

「楽しいよっ。」

そして、和実とその人は最終コールを済ませる。セパレートのその人は、より美 人だった。彼女は余裕の顔をして、準決勝を勝ち進んでいった。

だけど、初心者の和実には甘くなかった。体がばらばらになるのではないかと言 うような苦しみを味わったのに断トツでドべだった。62秒7。ベストとは言え ないタイムだった。

終わった後、和実は待機場所には戻らなかった。悔しいと言うよりは、あそこま で差をつけられてドべで、戻ることが恥ずかしかったのだ。いっとき戻れなかっ た。ゆっくり過ぎていく雲を見つめながら、和実は時間を過ぎるのを待っていた 。準決勝で話した選手が、和実を見付けて、駆け寄ってきた。

「お疲れ様。」

と、和実の肩をポンッと、叩いて戻っていった。

和実はいつかこの人みたいに、400mを楽しいと言えるようになりたいなと思 った。そして、出来る人間との心の出来方の差を感じた。少し胸がうずいた。ど れくらい経っただろうか。何十分も経った後、和実は平然なはずはないのに、平 然な顔をして、待機場所に戻った。先生には

「泣いて帰ってこんのかと思った。」

と言われた。

確かに、和実は泣かなかった。でも、我慢したわけではない。

泣けなかったのだ 。もっと努力をして悔しい思いをした人たちはたくさん居る。和実はそんな人た ちに比べたらまだまだなのに、泣くことなんて出来なかった。だから和実は、次 走る時は、泣けるほどの努力をしようと思った。もちろん悔し涙でなく、うれし 涙でだが。結果は、準決勝まで進んだ先輩と、私、惜しくも予選落ちの二人、合 計四人の県大会は幕を閉じた。和実にとっては高専二年の五月のことだった。



【0008】

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