1988年7月、元気な女の子が生まれた。母親は、その子の名前を和実と名付 けた。平和に実るように。そう思いを込めて。

和実はフリフリのスカートが好きな女の子だった。和実の体はたいして強くなく 、運動は苦手で動くこと自体が嫌いな子だった。1キロ以上歩く前に必ず「おん ぶっ!」とせびった。幼稚園の頃、喘息というほどではなかったが、気管や喉が 弱かった。そのため、夜になると、母はいつも和実につきっきりだった。

そんな理由で水泳教室に入れられたり、サッカークラブに入ったり、オルガンを したりしたが、すぐに嫌がり、半年もせずにやめる子だった。性格は目立ちたが りだったが、人間関係が苦手で、幼稚園ではよく一人でいた。

 ある日、和実はおままごとに入れて欲しくて、「私も入れて。」そう頼んでみ た。いつも返ってくる言葉が否定的な返答なものだから、いい加減仲間に入りた くて、その日は先生に助けを求めた。

先生は忙しそうにしていたのに、和実はおままごとに入りたい事をしつこく言っ た。

「あなたに悪いところがあるからでしょうが!」

逆に怒られてしまった。

和実はその頃、「きもちわるい」「死ね」など、悪口を言われる対象になってい た。だから幼稚園の頃の和実の脳では、{自分が気持ち悪いからいけないんだ。 }とそのままとってしまい、その頃から和実は自分の顔にコンプレックスを覚え るようになった。和実は「幼稚園行きたくない。」「何で私をかわいく産んでく れんかったん?」と泣き母を悲しませた。

   小学生になると好きな子ができるようになる。

自分が気持ち悪いと知っている和実は、幼稚園の頃大好きだったフリフリのスカ ートははかなくなり、髪は短く切り、男のような格好をした。そしていつも男に 間違えられた。

だけど、幼稚園の頃と何も変わらなかった。

「キモイ」「シネ」「ニキビ女」「フケ女」「汚レル」「触ルナ」この単語は自 分のために生まれてきたのではないかと思うくらいだった。

好きな人に何度も何度も言われた。野球ボールを至近距離で投げつけられた事も あった。あの冬、あの時出来た大きなあざ、痛くて痛くてたまらなかった。心は 苦しかった。好きな人が好きになった女の子を妬んだりもした。見た目だけでな く心も汚れてきた。心がすさんだ子になった。先生にも差別を受けた。和実は苦 しんだ。教育委員会に訴える話をすると、先生は、こう言った。

「すみませんでした。私も人間なんです。」

そして、土下座した。和実は受け入れてた。自分は気持ち悪い人間であり、ブス であると。

だから、差別するのは仕方ない。かえって人間らしい。心がある人間らしい。

改めて自分のコンプレックスを実感するのは苦しかったが、変に安心した。汚い のは私だけじゃない。こんなに成長した大人までそうなのだ。

ここは汚い世界。

生きる意味が見出せなかった。



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