「―あ、ノート書いてもらわなきゃ。」
思い出したように呟いて、彼女は隣に置いてたやたらデカい鞄を開けた。
今朝オレはそれを彼女の代わりに持ってやったけど、やたら重かったのを覚え
てる。一体何入れてんだろうと思ってたけど、今その原因がわかった。
中にはアマリリスがいた。
窮屈そうに押し込められてる彼は、心なしかうんざりした顔をしてた。ただの
荷物と同じような扱われ方に、ちょっとムっとしてるようだ。
「――何だ、そいつ持って来てたのか?」
笑いたい気持ちを堪えて、アマリリスを眺めながら言った。
カルラはノートを探しながら頷いた。
「うん。何か行きたがってたから――」
そう言いかけて、彼女は“しまった”って顔をした。
アマリリスが“おい”って瞳で、一瞬彼女をじろっと睨む。
それにはさすがにガマンできなくなって、オレは思いきり笑ってしまった。
「ひとには気持ち悪いとか言っといて、自分は話しかけてんのか?」
二人のやりとりには気付かないフリで、オレは冗談ぽく言ってやった。
それを見て、彼女は恥ずかしそうに笑った。
「今のナイショだよ?みんなに聞かれたらあたし笑われちゃう。」
「あぁ。ナイショな。」
オレは笑って頷いた。
アマリリスが“やれやれ”って表情で、呆れながらオレたちを見てるのが視界
の端に見えていた。
彼が来たがったというコトは、また何か起こるんだろうか。
そんな予感がする。
静かで退屈な電車の旅は、終点の駅に着いてやっと終わった。
ロクに歩き回るコトもなく、ただ黙って座ってたオレはかなりぐったりしてて
、もう殆ど音を上げてた。
「あぁ〜ケツ痛ぇ。…まだバス乗るんだよなぁ?」
うんざりした顔で二人を見やると、全然余裕な笑い声が返された。
「まだ少し時間あるからお昼食べようか。」
しずくは笑いながら提案した。
昼を少し過ぎたばかりの時間で、オレたちの乗るバスの時間までは30分くら
い余裕があった。
オレとカルラは駅の売店で適当に買ったモノを食べた。しずくは寮の食堂で作
ってもらった弁当を食べてた。
相変わらずカルラは野菜ばかり食べてたけど、誰もそれについて何も言わなか
った。オレは彼女に遠慮して肉は食べなかったけど、何も知らないしずくは普通
に食べてた。
知らないって、しあわせで残酷だ。
別にしずくが悪いワケじゃないけど。
彼は何も知らないのだから。カルラも何も話さないのだから。
食べ終わって少しして、オレたちはバスに乗って出発した。客はあまりいなか
った。
そりゃそうだろう。
こんな割高な運賃、払える人間なんてこの辺じゃ限られてる。生活するのに必
死な一般の人間が、こんなバス使える筈がない。
静かなバスに揺られながら、また退屈な旅は続いた。電車と違って、バスはタ
バコが吸えない分キツかった。
そんなオレを察して、カルラはあめ玉をくれた。
甘いあめ玉はオレの気分を穏やかにしてくれた。それは、彼女が隣でオレの体
にもたれて眠ってるせいもあるかも知れない。
電車でも居眠りしてた。微妙な揺れが眠りを運ぶらしい。
体調はまだ完全じゃない。悪夢にうなされる夜も続いたままだ。
もたれかかる彼女の重みと熱を感じながら、オレは黙って窓の外を眺めてた。
徐々に近付く目的地を、微妙な気持ちで待った。そこに行くというコトは、あ
いつに会うというコトだ。
だけど、カルラはどこか楽しげでもあった。そこに暮らす子供たちに会えるの
をずっと心待ちにしてたから。
彼女がかわいがる子供たちには会ってみたいとは思ったけど、あいつには会い
たくなかった。
カルラを傷付けるあいつには。
孤児院前でバスを降りたオレたちの目の前には、思ったよりも立派な建物があ
った。周りの風景と見比べてもかなり立派だ。浮いて見える程だ。
院長はかなりの資産家らしいとしずくは教えてくれた。その金で孤児院を建て
て、身寄りのない孤児を育てているのだと。
オレはそれを感心するコトもなく聞いた。裏でやってるコトを知ってるオレに
は、ただの偽善にしか思えなかった。
門をくぐり中に入ってすぐに、オレたちは熱烈大歓迎された。二人の周りには
、子供たちが群がって大喜びしてたけど、オレには視線を向けるだけだった。見
たコトのない人間が一緒に来たコトを不思議に思って様子を伺ってるんだろう。
しずくが彼らにオレのコトを紹介していると、奥から一人の老人がやって来た
。
背筋がしゃんとした、細身ではあるけど頑丈そうなじいさん。何つうか、あと
2、3年の命とかありえねぇって感じの見た目だ。顔はにこやかで、悔しいくら
いに善人面。
それが院長だった。
ヤツはすぐにオレに目を留めて一瞬訝しげな顔をしたけど、しずくがオレを紹
介するとにこっと笑って“いらっしゃい”と言った。そうして、オレへのあいさ
つもそこそこに、オレの隣にいたカルラに目を向け、笑って何か話しかけてた。
カルラは適当に答えてたけど、かなり声も体も強ばっているのがオレにはわか
った。ヤツはにこやかに笑ってるつもりだったかも知れないが、オレには見えて
た。
ねっとりとした情欲の塊のような色に濁った瞳。見てるだけで吐き気がした。
カルラはヤツの話もそこそこに切り上げて、オレの後ろに隠れた。ヤツはそれ
を不審な目で見たけど、オレが睨みつけるとすぐに視線を逸らした。
それからヤツは、しずくと共にどこかに消えた。
【0025】
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