「ごめんね…汚いモノ見せちゃって……あたし汚い…」
「そんなコト言うな。」
カルラはオレの意見を否定するように首を振り続けた。
「この前オレに何か言いかけたの、このコトだったんじゃないのか?」
カルラは黙って頷いた。
溜息が漏れる。なぜオレは気付かなかったのか。
どうして――
「何でちゃんと話してくれなかった?」
「…あなたには…関係ないと思って…」
言うと思った。溜息がまた漏れる。
「そうだな。……でも今度から話してくれないか?関係ないと思ってもさ。…ど
んなコトでもいぃから…オレちゃんと聞くから。」
「………いぃよ、そこまでしなくて。」
少しの沈黙の後、首を振りながら彼女は呟いた。ヒドく乾いた笑い声を響かせ
て。
「…あのひと言ってた。…あなたがあたしに近付くのはあたしを落とす為だって
。」
静かに呟くカルラの言葉を聞いて、胸が苦しくなった。痛みと怒りで一瞬目眩
がした。
「あいつの言うコト信じるのか?…オレの言うコトよりも…ロクに話したコトも
ないあいつを信じるのか?」
「……信じてないよ。」
「ウソだ。…オレのコト信じてないからそんなコト言うんだろ。」
彼女を興奮させないように、必死に感情を抑えながら話した。それでも声が震
えてた。
「だって…あなたの考えてるコトわかんないんだもん。」
「それはあんたがオレの目を見ないからだろ?オレを見ろよ。何考えてんだかわ
かるから。…あいつの言ってるコト違うってわかるから。」
彼女は首を振った。
「できないよ。…あたしひとの目見れないの。…怖くて見れない…あたしのコト
どんな目で見てんのか知りたくない。」
彼女が呟く。それは彼女の過去のせい。
過去が彼女に普通の生活を与えない。過去に支配されながら生きてきた彼女。
苦しくなる。
どうしてカルラなんだ。
ふいに彼女はオレのシャツの裾を掴んだ。
「…あなたがあたしのコトどう思ってても構わない。……同情でも、何でもいぃ
から…今だけココにいてくれない?…あたしが眠るまででいぃ…あたしが寝たら
…どこ行っても構わないから…明日から来なくてもいぃから……今だけ…」
裾を掴む白い手が微かに震えていた。
それは彼女なりの精一杯の甘えだった。
オレは静かに頷く。
「わかった。ココにいる。…ずっとココにいるから。何も考えないで寝ろ。」
カルラは頷いてそれきり何も言わなくなった。
眠りに入る少し前、彼女はこのコトをしずくには話すなと口止めした。
彼女のコトを何も知らないしずくには知られたくないからと。
更に職員にも報告しないでくれと言った。今回の件は自分に責任があるからと
。
オレは頷くしかなかった。
シャツの裾を掴んだままで、彼女は10分もせずに眠ってしまった。
「こいつが飲んだ薬、何?」
カルラが眠って少しして、オレはアマリリスに尋ねた。
「安定剤です。」
大きな伸びをしながら彼は答えた。
眠そうに目を擦ると、棚の上から飛び下り冷蔵庫からミルクティを取り出して
それを飲んだ。
「たまにこうなります。何かの拍子に昔を思い出すようです。」
ミルクティを飲み干し、満足そうな顔で彼は言った。
空き缶をオレの近くに置いて、彼はいつもの場所に落ち着いた。冷静な態度。
薄情なヤツ。
「何でこうなる前に助けてやらなかった?どうせわかってたんだろ?」
「えぇまぁ。」
「じゃあどうして」
アマリリスは怖い程優しい笑みを浮かべてオレを見つめた。
「あなたが助けに来るコトもわかっていたからです。」
「――は?…イミわかんねぇ。」
「これは予め決められていた事態です。“ツグミさんが助ける”というコトが大
切だったんです。あ、言っときますが、カギを開けたのはわたしではありません
よ。…さすがにあれはびっくりしました。あなたの力を侮ってました。」
アマリリスは笑って、長いしっぽを楽しそうに揺らした。彼はそれ以上のコト
は教えてくれなかった。
カルラのあめ玉配りに、オレの行動が関係してる?一体どういうコトだろう。
「わたしちょっと眠りますから。カルラさんが起きそうになったら教えてくださ
いね。」
彼はそう言うと、丸まって目を閉じた。
それからオレは一度部屋を出た。
自分の部屋に戻って3日分くらいの着替えとか必要なモンを持ってすぐに出た
オレは、朝まで世話になった女の部屋からも置いてきた荷物を回収して、ついで
にミシェルの部屋にも寄った。
ヤツは部屋で青くなって震えてた。学園をクビになるというオレの脅しはなか
なか効果があったらしい。
今回のコトを報告しない代わりに、カルラの体のコトを誰にも話さないと約束
させると、クビにならなければ何でもすると、二つ返事でヤツは取引に応じた。
くだらねぇ人間。
学園にしがみ付くヤツを見てたら、呆れて殴る気が失せてしまった。あと一発
くらい殴っとかなきゃ気が済まないと思ってたのに。
薬にまで頼らなきゃならない程の彼女にあんなコトしといて、一発殴ったくら
いじゃ納まるワケない。
二度と顔なんて見たくなかったけど、カルラがダメだと言うからガマンしたん
だ。
自分が悪いからと責めた彼女。全然悪くないワケではないかも知れないが、や
はり悪いのはヤツの方なのに。
用事を済ませカルラの部屋に戻ると、彼女は目覚めるコトなく静かに眠ってた
。
アマリリスも、オレが入って来た物音に一度目を覚ましたが、すぐに眠りに戻
った。
それからもオレはカルラの眠るベッドにもたれかかって座り、ただ黙って考え
に沈んだ。
部屋に飛び込んだ時、オレは見てしまった。
彼女は袖の長いシャツを着ていて、その裾が大きく捲れあがって彼女の白い腹
が露になってた。
オレの視線に気付いて彼女はすぐに隠したけど、オレははっきりと見ていた。
白い肌には、何かで思いきり引っ掻かれたような古い傷跡がいくつもあった。
もちろん見なかったフリをしたけれど、確かに見てしまったんだ。
あれはたぶん腹だけじゃないんだろう。体中あんななのかも知れない。
考えると胸が痛くなった。
それをヤツは汚いと吐き捨てたんだ。許せなかった。彼女があの言葉をどんな
気持ちで聞いてたのか、考えると苦しくなった。
何でオレはココにいなかったんだろう。どうして他の女のトコなんかに逃げた
んだろう。
後ろめたさと後悔で押し潰されそうで逃げたくなるけど、今ココを離れるワケ
にはいかない。彼女が初めてオレを頼ってくれたから。必要としてくれてるから
。
何時間かして、カルラは一度目を覚ました。
「…煙いよ。」
そう声をかけられて振り返ると、彼女は枕に顔を埋めながら寝返りをうった。
「もういぃのか?」
「――うん、…もう平気。だから行ってもいぃよ。…あたしのコトはもういぃか
ら。」
彼女は言って微笑んだ。まだ少し眠そうな顔。
「ずっとココにいるって言ったろ。もう少し寝てろ。」
オレが言うと彼女は小さく頷いた。
それからオレの持ってたタバコを取り上げて、
「ちょっと吸いすぎだよ。」
って、笑った。
確かに、気付けば部屋の中は煙で充満してる。立ち上がって窓を開けた。
アマリリスは彼女が起きるのに気付いてたのか、もう棚の上に知らん顔で座っ
てた。
元の場所に戻って、彼女からタバコを取り返す。
「――手。…右手、見せて。」
彼女は何かに気付いたように言って、手を伸ばしてきた。
冷たい手がオレの手にそっと触れる。
「これ…痛い?」
白く冷たい手が、赤紫色に変色して腫れてる部分を優しく撫でた。
オレは黙ったまま静かに首を振った。
彼女が自らオレに触れたのは初めてだった。震えずに触れたのも。
「殴った時…痛かった?…すごい音した。」
眠そうな顔で微笑んで、彼女はオレの手をじっと眺めていた。
「痛くないよ。平気だ。」
ホントはちょっと痛かった。
だけど彼女の痛みはこんなもんじゃなかった筈だと思ったら、全然マシに思え
た。
「あたしね…ちょっとうれしかったの。……あなたがあのひとを殴った時…よく
わかんないけど…うれしかった。」
彼女は言ってにっこり笑った。
そんな無邪気に笑うなよ。抱き締めたくなるじゃないか。
「あと少し…こうしてていぃ?」
オレの右手の親指をぎゅっと握って彼女は言った。
オレは頷く。
「ずっと…こうしててもいぃよ。」
彼女は困ったような顔で笑って、“それはイヤ”って風に首を振った。
そうして少しすると、瞼を重そうに開け閉めさせ始めた。うとうとしながら彼
女は微笑んで、
「あなたの手…あったかいね……あたし…こういうの知らない………あったかい
…」
呟いてまた眠りに落ちていった。
右手の親指を通して伝わった彼女の熱は、悲しいくらいに優しかった。
始めはひんやりした温度だったのが、オレの熱であっためられたのか、オレが
彼女の熱に冷まされたのか、徐々にあったかさが伝わってきてオレを満たしてく
れた。
初めて触れ合ったその温もりに、オレはひっそりと泣いた。
それからオレはずっとカルラと一緒に過ごした。
あれ以来、彼女は悪い夢にうなされて何度も目を覚ます夜が続いてた。薬を飲
む程ではなかったけど、辛そうだった。
それでもオレがいるコトを確認すると安心したようにまた眠りに就いた。
一日中ずっと一緒にいた。
彼女はそれをイヤがらなかった。もう帰れとも言わなかった。
彼女がオレに触れたのはあの日一度きりだったけど、それでもオレに冷たくし
なくなっただけ、ちょっとはオレに気を許してるようでうれしかった。
オレから触れられるのも、タバコの時と髪を乾かしてやる時だけだったけど、
それでも今は満足だった。
静かで穏やかな日々を、彼女と過ごせるだけで十分だった。
ただひとつ不安だったのは、孤児院行きを止めてくれなかったコト。
体調が戻らないのを理由に、何度も止めようと持ちかけたけど、彼女は頷いて
はくれなかった。
院長とのコトも何ひとつ相談してくれなかった。大丈夫だからと笑うだけで、
何も言ってくれなかった。
そして、とうとうその日が来てしまった。
【0023】
次へ
戻る
あなたも小説を投稿しませんか?短い内容でもOKだよ!→
投稿ホーム←
☆DISマガジン登録☆
キャンディドロップの甘い願いTOPへ戻る
ト襯iscovery覽OPへ戻る
(c)携帯小説襯iscovery