第11話



 カルラの部屋から逃げるように出て行った日から、オレはあまり彼女のトコに 長居しなくなった。

 せっかくしずくと話して、彼女を頼むって言われたのにオレは逃げていた。

 自分がこんなにヘタレだとは思ってもみなかった。

 何の為にしずくに会ったのか。

 しずくと別れてから自分の部屋に戻って寝ようとしたけど、無性にさみしくて 眠れなかった。

 カルラに会いたかったけど、またあの苦しみを味わうのがイヤで、だけどさみ しくて、オレは他の女のトコに逃げた。彼女は簡単にオレを受け入れた。

 ニセモノの熱はそれなりにあったかかった。

 ただそれだけだった。それ以上のモノは何もなかった。

 代わりに後ろめたさが残った。ニセモノの熱を求めた代償は、罪悪感だった。

 それでもオレの体は、オレの心に関係なくカルラのトコに引き寄せられて、オ レはカルラと他の女との間を行き来するようになってた。

 朝カルラのトコで何時間か過ごし、その後他の女と遊んで、夜バイトにカルラ と一緒に行って帰ってくる。それからまた他の女のトコに泊まって、朝になると カルラのトコに行く…というサイクル。

 毎朝カルラの部屋を訪れる度、オレは憂欝だった。後ろめたくてどんな顔して 会えばいぃのか考えると憂欝で、それでもカルラの顔を見ると安心した。

 息ができない程苦しいのに安心した。



 あたしの部屋に彼が泊まった日から、彼の様子はおかしくなった。

 その前からちょっとおかしかったけど、更にレベルが上がった気がする。

 あたしに会いに来るのは毎日だったけど、その時間は短くなった。朝の何時間 かと夜のバイトの時。

 それ以外の時間何をしてるのか知らないけど、彼からはいつも女のにおいがし てた。毎日違う女のにおいだった。

 それをあたしは別に何とも思わなかった。ただ毎朝あたしのトコに来る彼の顔 が、いつも曇ってるのは気になった。

 彼のいない時間が増えたあたしは、図書館と森と教会を毎日順番に通って過ご した。

 ナルシスト2号があれから毎日のようにどこかで声をかけて来て、あたしをう んざりさせていた。同じしつこさでも、2号のはホントにあたしをイライラさせ て、いつまで経ってもイヤなのは変わらなくて、あたしはいつもムシしてた。  2号のしつこさにさすがに困って、一度彼に相談しようとした。だけど言いか けて止めてしまった。

 彼は言いかけて止めたあたしに、変な顔をしたけど何も言わなかった。

 朝、いつもより早い時間にドアをノックされる音で目が覚めた。

 アマリさんも起き上がって、静かにあたしのそばに寄って来る。

「…誰だろ?」

「さぁ、わたしが知らないひとですね。…どうします?開けますか?」

 アマリさんがあたしを覗き込んで尋ねた。あたしは頷いて、 「とりあえず、誰なのか見てみるよ。」

 って言って立ち上がった。

 アマリさんが指定席に着いたのを見て入り口に向かう。ノックがいつもと違っ て耳障りな音を出してて、何かイヤな予感がしたけど、あたしはドアを開けてし まった。

「やぁ、おはよう。」

 そこにいたのはナルシスト2号だった。

 イヤな予感が現実になる瞬間。

 慌てて閉めようとしたドアをムリやりこじ開けて、2号は中に入って来た。ド アがゆっくり閉まり、後ろ手にカギが閉まる音。

 こういう感覚をあたしは知ってる。ずっと昔に経験した。

「やっとみつけた。おまえ2年なのに何で5階にいるんだよ?探すの苦労しただ ろ?」

 同じ台詞を前にも聞いた。

 あの時はこんな感覚なかった。そういうのは何も感じなかった。

 このひとは危険だ。目を見なくても雰囲気でわかる。

 部屋の奥に入れてはいけない。頭ではわかってるのに足が勝手に後ずさる。

「帰って。…しずくこのコト知ってるの?」

「知るワケないだろ。別にいぃよそんなコト。」

 2号の口元にはイヤな笑みが浮かんでる。こういう笑みも何度も見た。

 ――ダメだ。

 イヤな思い出ばかりが頭の中を飛び回る。

「…もう少ししたら彼が来るの。だから帰って。」

「彼ってツグミ?おまえらどういう関係?寝たのか?」

「あなたに関係ない。彼はそんなコトしない。」

「はぁ?あいつまだ手付けてねぇの?何やってんだろ?…まぁそれもあいつの作 戦なんだろうな。」

 2号の体が近づいて来る。あたしはどんどん後ろに下がる。体が微かに震え始 めていた。 「……作戦?」

「そうだよ。あいつもおまえを落とす為に色々ちょっかい出してんだよ。おまえ だってわかってるんだろ?」

「彼は違うっ、そんなんじゃないって言ってた!」

「それホントに信じるの?じゃあ何しにココ来るの?何でおまえに会うの?そん なのおまえとヤりたいからに決まってんだろ?」

 2号が近付く。

 どうしよう。もう逃げ場がない。このままじゃ犯される。

 ふいに彼の顔が頭を過った。こんな時に彼の顔が頭から離れてかない。

 無意識にあたしは彼に助けを求めてた。

 ココにはいない彼に。  一度も呼んだコトのない彼の名を。何度も何度も。

「おまえが悪いんだぞ。話しかけてんのにムシして、つれなくするからこんなコ トになるんだ。おまえみたいな女はこうするのが一番なんだ。」

 2号の手が乱暴にあたしを押し倒す。あたしは声すらあげられない。

 あぁ  そういえば前に同じコト言われたっけ。

 あたしあの時そうすればいぃって言って彼の忠告をムシした。だからこうなっ たんだ。

 ダメだ。自然に目が閉じてしまう。怖くて目を開けてられない。そうすると余 計に怖いコトもわかってるのに。

 乱暴な手があたしに触れる。

 あたしは声もなく震えるコトしかできない。  助けてツグミ

 いつもみたくあたしを見つけて

 助けて  ツグミ



その時勢いよくドアをノックする音が響いた。

 その日、いつもより早い時間にオレは目を覚ました。

 カルラに呼ばれた気がしたから。

 一度も呼ばれたコトのないオレの名を。確かにそれは彼女の声だった。

 ベッドに起き上がり辺りを見回す。

 そんな筈ないか。だってココはカルラの部屋じゃない。隣に寝てるのは誰だっ たか名前を忘れてしまった女。

 何だか妙に胸が騒いでいた。

 ただの気のせいで済ますにはあまりにもヒドい動悸。ワケもわからないまま、 オレは急いで服を着て、一晩泊めてくれた部屋主にあいさつもなしで飛び出した 。

 カルラの部屋に近付く程に、オレだけに響く彼女の声がクリアになってきて、 オレを焦らせた。

 何かが起きてる。何かはわからないけどイヤな予感。

 何でオレ、あいつの部屋にいないんだろう。何で他の女の部屋にいたんだろう 。

 頭が割れそうな程響く、彼女の呼び声に息が詰まる。イヤな予感と悪い想像ば かりがオレの体を支配して、胃の奥辺りをぎゅっと掴まれたような感覚がオレを 襲っていた。

 ようやく部屋の前に来たオレはドアをめちゃくちゃに叩いた。周りなんて気に せずにカルラの名前を呼んだ。

 いつまで待ってもドアは開かなくて、焦ったオレは必死に念じた。

 中にいる筈のアマリリスに。いるかどうかもわからない神サマに。

 その時唐突にカギの開く音がした。

 オレはドアを開け、傾れ込むように土足のまま中に駆け込んだ。  部屋の奥に見えたのは――

 そこで見たのは、

 口を塞がれ馬乗りになられてるカルラと、それをしてる金髪の男の姿だった。  右目の下に2つのホクロ。ミシェルだ。

 しずくのトコでオレに絡んできた男。

 なぜあの時警戒しなかった?

 目の前の光景を目に映しながら、オレは後悔していた。 「…っ、おまえどうやってカギ開けたんだよっ?」

 ミシェルが喚いてる。体はカルラに伸しかかったまま。

「いぃからどけ。早く出てけ。」

 自分でもびっくりするくらい冷静な声。

 カルラがオレを見てる。ミシェルは鼻で笑って、彼女から離れた。

「…汚ねぇ体だなこの女。おかげで萎えちまった。…おまえよくこんな女に手ぇ 出そうと思うな。止めといた方いぃぞ?」

 そう吐き捨てられた言葉に、オレの中の何かがプツンと切れた音がした。

 気付いた時には、オレの前に転がって顔を押さえてるミシェルがいた。

 口の端から血が零れてる。殴った手が痺れてた。

「おまえ…こんなコトして…タダで済むと思ってんのか?」

 オレを睨み付けながらほざくミシェルを見下ろして、鼻で笑った。

「それはオレの台詞だ。あんたこんなコトして“J”にいられると思うなよ。」

「おまえにそんな権限ねぇだろ!一般のクセに!」

「残念だなぁ。オレ職員にも“知り合い”たくさんいんの。彼女に報告しとくよ 、あんたのコト。“J”にいられないドコかクビになるかもなぁ。」

 蔑んだ目で見下ろしながらオレは冷ややかに笑った。ミシェルの顔が恐怖と怒 りで歪んでる。 「早く出てけ。二度と来んな。」

 ミシェルはふらふらと立ち上がり、外に向かって歩きながら、 「…覚えてろよ。」

 よくある捨て台詞を吐いて、乱暴にドアを閉めてった。



 カルラは蹲って震えてた。呼吸が荒い。

「…ごめん……ひとりにして……」  蹲ったまま彼女は震える声で呟いた。

「そんなワケにいかない。」

 震える彼女に触れるコトもできずに、ただオレは立ち尽くして彼女を見下ろし てた。

「…お願い…ひとりにして……あなたに見られなくない…」

 荒い息で震える声で、彼女は言葉を吐き出す。

 それから程なくして彼女は低い呻き声をあげ出した。頭を抱え込むようにして 、震えながら呻く彼女。

「おい大丈夫か?」 「いぃからひとりにしてっ!」

 そう叫んだ直後、彼女は口を押さえてバスルームへと駆け込んだ。洗面台に顔 をつっこんで彼女は吐いた。吐き続けた。

 体を震わせて肩で息をしながら彼女は吐き続けた。 時折漏れる嗚咽だけが室 内に響いてて、そんな中でもオレはどうするコトもできなくて、バスルームの前 で彼女の小さな背中を黙って眺めてるしかなかった。

 しばらく吐き続けた後、彼女はその場に崩れ落ちるように倒れた。

「カルラっ」

 慌てて彼女を抱き起こす。脂汗や涙や色んな体液でその顔はぐちゃぐちゃだっ た。ただでさえ色の白い肌は青冷めて死人みたいだ。

 彼女はそれを見せまいと、顔を手で覆い隠した。

「……薬…取ってくれない?」

「薬?何の?」

「…いぃから…机の…一番上の…引き出し…」

 彼女は弱々しい声で呟いた。

 とりあえずオレは彼女をバスルームからベッドに運んだ。彼女は思ってた以上 に軽くて、余計にいたたまれなくなった。

 それから机の引き出しを開けて薬を探した。  そこにはラベルのない薬のビンと、オレが前に渡した紙切れしかなかった。これで大丈夫??  ちゃんと持ってたのか。捨てられたと思ってた。

 一瞬この場の状況も忘れてうれしさのあまり泣きたくなった。

 すぐに我に返り、急いで水とタオルを持って彼女のそばに寄った。顔をキレイ に拭い、彼女に薬のビンと水を渡す。彼女は震える手で薬を飲み込んで、さっき と同じようにベッドに蹲った。

「ホントに…大丈夫なのか?」

 彼女に毛布を掛けて、ベッドの端に腰かけた。

「…平気。…いつもの、コトだから。」

 力なく彼女は頷いた。

 薬を飲んだという安心感からか、さっきより落ち着いてる気がする。体の震え は相変わらずだけど、さっきよりも治まってきてた。



【0022】

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