部屋の奥まで来て座ろうとした瞬間、あたしはふと気付いてしずくに声をかけ
た。
「――彼、来た?」
しずくは笑って、
「“彼”って、ツグミのコト?」
って言った。あたしは静かに頷く。
「うん、そう。来た?」
「来たよ。―何でわかった?」
「……におい。…彼の吸ってるタバコのにおいが一瞬したから。」
あたしは言って部屋を見渡した。そんなコトしたってにおいは見えないんだけ
ど。
「すごいなおまえ。オレには全然におわないけどなぁ。帰ってからちょっと経っ
てるし。…においまで覚えられてるなんてな。」
しずくは笑ってあたしに冷たいお茶を出してくれた。あたしは座ってそれを受
け取り一口飲んだ。
「で、どうしたんだ?」
「ん?……うん、…別に用はないんだけど。ヒマだから。」
「珍しいな。おまえが用もないのにオレのトコ来るなんて。」
しずくはちょっとびっくりした顔であたしを見た。
まぁ、確かにそうなんだけど。
あたしも何で急にココに来ようと思ったのかよくわからないけど、何となく部
屋にひとりでいるのがイヤだった。
彼のせいであたしの日常が狂い始めてる。
「最近ツグミと仲良くしてるらしいね。どう彼?」
イミありげにニヤニヤしながらそう尋ねるしずくを、あたしは白い目で見て溜
息を吐いた。
「どうもこうもないよぅ。…別に仲良くしてないし。あっちが勝手にあたしにつ
きまとってるだけなんだから。」
「まぁまぁ、そんなコト言うなよ。部屋に入れても問題ないくらいの仲ではある
んだろ?」
「だから勝手に入って来るんだってば。何考えてんのかわかんないし、あたし困
ってるんだよ?」
「はいはい。そんな言い方しててもホントはそんなにイヤじゃないんだろ?おま
えの顔見てればわかるよ。」
しずくは優しく微笑んで言った。
何だそれ?あたしどんな顔してたんだろう。
「彼と何話したの?」
「んー…孤児院の話しとか。ツグミも行くんだってな。」
「らしいよ。…イミわかんないよね、あんなトコ行きたいなんて。」
「まぁ、あいつの場合どこだっていぃんじゃないか?おまえが行くトコなら。」
「…何なのそれ?」
イミありげに話すしずくをあたしは不審な顔で見やる。しずくは何食わぬ顔で
首を振った。
「何でもないよ。…まぁ、一人でも多い方が楽しそうだしいぃじゃないか。それ
にあいつ連れてったら院の子供たち大喜びするだろうよ。特に女のコ。」
「そうかなぁ?」
「そうだよ。あんなに格好いぃ男、あそこら辺じゃなかなか見れないからね。学
園に入ればツグミみたいな男にも出会えるかもって期待持たせたら、あのコらの
やる気になると思うし。」
「…そんなに言う程のひとじゃないと思うけどなぁ。しずくだって院で一番人気
者だったじゃん。」
実際しずくはココでも人気がある。たまに女のコたちの噂になってるのをあた
しも聞いたコトがあるから。
「おまえどうせツグミをちゃんと見たコトないだろ?ちゃんと見ればわかるよ。
あいつ話してみたらなかなかいぃヤツだったよ。噂程、派手な性格じゃなさそう
だったし。おまえだってそれくらいはわかってるんだろ?」
「……まぁ、それくらいは。」
あたしは口ごもりながら言葉を押し出す。お茶を一口飲んで、しずくは優しく
微笑んだ。
しずくが何でこんなに彼の肩を持つのかわからない。今日初めて話した相手が
、まるで十何年来の親友のような話しぶり。
一体彼と何を話したんだろう。
「もっとあいつの表情とか目を見て話してごらん。あいつがどんなコト考えてん
のかちゃんとわかるから。」
あたしは黙ってそれに頷いてはみたけど、その意見に従う気はなかった。
それから少しの間二人で話をして、あたしはしずくと別れた。部屋を出て階段
を下りようとした時、声をかけられた。
「お茶でも飲みに行かない?」
それはいつもしずくの部屋にいるナルシスト2号だった。
「――行かない。」
「ツグミはよくてもオレはダメなのか?」
2号が口を尖らせて文句を言うのを、あたしは表情も変えずに眺めた。さっき
も何か言ってたっけ。覚えてないけど。
「じゃあ、おまえの部屋行っていぃ?」
「ダメに決まってるでしょ。」
「ツグミはいぃのに?」
「あなたさっきから何なの?」
何だか妙にイライラして声が少し荒くなった。
ふと彼を思い出した。
彼も始めはこんなだったかな。でもこんなにはイライラしなかった気もする。
どうだっけ?
「あたしあなたが誰だか知らないし、知りたいとも思わない。あめ玉欲しいなら
あげるけどそれ以外で話しかけないで。」
冷たく言い捨てて、2号の返事も反応も見ずにさっさと階段を下りた。後ろか
ら声がしてしばらく追いかけてきてたけど、あたしは止まるコトなく階段を下り
続け外に出た。
そのまま部屋に戻るのはマズいと思って、その足で図書館に向かった。2号の
追ってくる気配は感じなかったけど、そこで本を読んで時間を潰し、そこからバ
イトに向かうコトにした。
自転車を置いてる場所に行くと、彼が待ってて正直ホっとした。
その安堵感が何なのか気付くコトもなく、あたしは全ての感情を深い場所へと
閉じ込めた。
【0021】
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