眠そうにコーヒーを一口啜って立ち上がった彼は、ベッドに腰かけてあたしを
その前の床に座らせた。
あったかい風が髪に当たる。
彼の指が優しくあたしに触れた。
「…くすぐったいよ。」
背中がぞくぞくするような変な感覚に、思わずグチる。彼は何にも言わずに笑
った。
気を紛らす為に、タバコに手を伸ばした。
「一本もらうよ。」
そう言って、箱の中からタバコを取り出すと、
「…火、ちょうだい。」
言いながら後ろを向いた。
彼が顔を寄せて来る。銜えたタバコから、いつものように火をもらう。
「それ、もう吸うトコないよ。」
あたしは彼の口から、フィルターしか殆ど残ってないタバコを取り上げて、空
き缶につっこんだ。
それからあたしのを一口わけてあげた。
「あなたもシャワーだけでも浴びてくれば?」
「――何で?」
何気なく言った提案に、彼はちょっとびっくりしたような声をあげた。
「そのタバコくさいの、少し落とした方いぃよ。」
「……いぃよ。自分の部屋で入るから。」
彼は面倒そうに答えた。やっぱり眠いみたいで口数が少ない。
黙ってあたしの髪を乾かして、たまに“タバコ”って言って、あたしの吸って
るのを要求してきた。
時折触れる、彼の指先の感触は、あたしが初めて感じたモノだった。優しくて
あったかいその指先は、不思議にイヤじゃなかった。
「あんたさぁ、せっかくキレイな髪なんだからちゃんと手入れしろよ。」
ふいに彼は口を開いて、あたしはその言葉に思わず鼻で笑ってしまった。
「こんなのがキレイ?」
「うん。…あんたの髪はキレイだよ。さすがにちょっと傷んでるけど…手入れし
たコトないって割りにはさらさらだし艶もある。…黒い色もあんたに似合ってる
。」
「…そんなコト言われたコトない。」
何だか恥ずかしくなって、ゴマかすみたいに笑った。
彼は優しく撫でるように指を動かす。背中を何かが走り抜けてく。
「それはあんたが聞いてないだけじゃないか?知らないだけで結構いると思うぞ
、そう言ってくれるヤツ。」
「…それはないと思うな。」
「そんな風に冷めた顔すんな。あんたは自分で思ってるよりもずっとキレイだよ
。…その黒い瞳もホントにキレイだ。あんたが優しくていぃコだって証拠だ。」
彼が優しくそう言うのを、ちょっと苦しい気持ちで聞いてた。
そんな言葉をもらえるような人間じゃない。あたしは全然キレイじゃないもの
。洗っても流れていかない汚れに塗れてるもの。
「…あたしのコト…何にも知らないクセに。」
苦しい息の中でやっとそう言った。彼の深い溜息が聞こえる。
「そうだな。」
彼は呟いてドライヤーを止めた。それから立ち上がりながらコーヒーを飲み干
したあと、
「悪い、やっぱシャワー借りる。あと自分でやってみて。」
そう言って、さっさとバスルームに入ってった。
「――何なの?」
ひとり呟いて、仕方なく髪を乾かす作業をやってみた。けど、すぐに腕が疲れ
て面倒になったから、半乾きでやめてしまった。
どうして急に彼があんなコトを言いだしたのかわからない。
冷めてしまったコーヒーを飲みながら、ひとり窓の外を眺めた。
今日はよく晴れそうだ。
バスルームはカルラのにおいでむせる程だった。
溜息ばかり吐きながら、その場に蹲る。
明け方近くまで、オレはただ黙って眠るカルラを眺めてた。
何もできないのはわかってるのに、その拷問に近い寝顔から目を離せなかった
。
「―バッカみてぇ……」
呟いて息を吐く。
オレってこんなヤツだったっけ?
堪らずバスルームに逃げ込んでみたけど、ココは彼女のにおいが充満してて、
余計に落ち着かない。
「今時中学生だってこんな悶々としねぇだろ…」
目を閉じると、彼女の白く細いうなじが蘇る。
その首筋は、本気で齧り付きたくなるくらいキレイだった。油断すると何度も
そこに目が行って、彼女に気付かれるんじゃないかと気が気じゃなかった。
少しでも触れてみたくて、強引に髪を乾かすのをやらせてもらったりして。
あれが今までで一番彼女に近付いた時間だった。
彼女の髪に触れて、白いうなじを彼女の視線を気にせず眺めていられた。触れ
られないのは悔しいけど、それでもこんなに近くに寄れただけでオレはひとり舞
い上がってた。
それでつい余計なコト言って、せっかく少し近付いた彼女との距離を元に戻さ
れてしまって。
ありえねぇ。今までのオレにはありえない失態。
溜息がまた漏れる。
触れたくてしょうがない。少しでも熱を感じたくて。
だけど触れる度に痛みを伴う。
それが彼女との距離であり、彼女の反射的な拒絶。
「…マジでヤベぇよ…」
オレどっか壊れてきてんのかも。
何度目かの溜息と共に、頭の中のもやもやしたモンを吐き出す。
それでも気分は晴れてくれない。後にも先にも動けないオレは、苦い溜息を吐
くしかなかった。
バスルームを出たオレは、コーヒーをもう一杯だけ飲んでカルラの部屋から逃
げ出した。
彼女はオレの態度をちょっと不思議には思ったみたいだけど、いつも通り特に
何も言わなかった。
ドアをノックして中から現われたのは、オレたち孤児には珍しいくらい品のい
ぃいかにも頭も性格もよさそうな男だった。
「これは驚いた。キミがオレのトコに来る日なんて想像したコトもなかったよ。
」
しずくはそんなに驚いてない顔でオレを見て笑った。
「あんたみたいな住むトコの違う人間にまで知られてると思わなかったな。―ち
ょっといぃ?」
「あ〜…ちょっと待ってくれるかい?」
【0018】
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