第9話続き
暗い部屋の中でタバコの火がぽうっと、頼りない灯りを放ってる。
煙をふっと吐いて、ふと寝息が聞こえた気がした。
ベッドに近付いて耳を澄ますと、安定した寝息がホントに聞こえる。
「…カルラ?」
試しに小声で話しかけてみたけど、何の反応もなかった。
「――あんた、また何かやったか?」
暗い中、不気味に光る2つの紅い瞳に向かってオレは聞いた。
「いいえ。今回は何も。」
「…これ、ホントに寝てんの?」
「えぇ。あなたも確認したでしょう?」
アマリリスは頷いて、大きく伸びをして動き始めた。やはり冷蔵庫の上が落ち
着くらしい。
「ホントに帰るんですか?」
「……どうしようか。」
オレは小さく笑ってタバコの火を見つめた。
「てか、あんた何なんだよ?ひとのコト何度もじろじろ見やがって。」
「いえいえ。」
アマリリスは何か思い出したように笑った。
「…人間というのはホントに奇妙なモノですね。…この短時間であなたの魂は更
に複雑な色になってしまった。あなた、カルラさんに飲まれすぎですよ。このま
まだと完全に飲み込まれてしまう。どうするつもりです?」
「――どうする……って言ったってなぁ…本人がこれじゃなぁ。手出せねぇし。
」
苦い笑みを浮かべて、煙を吸い込んだ。
アマリリスがおもしろそうに笑ってる。ひとの困るトコを見るのが彼には楽し
いらしい。性格悪い。
「そんなに他人の熱はいぃモンですか?」
ふいに彼はオレに尋ねた。
紅い瞳が“どうなんだ?”って言う風にオレを見つめてる。
オレは静かに頷いた。
「うん、いぃよ。…例えそれがニセモノでも、一度知ってしまうと恋しくて…そ
れでもいぃから欲しくなる。……これがホンモノならもっとすごいんだろうな。
きっと…手放せなくなるくらいあったかいんだろうなぁ。」
オレの答えに、彼は納得いかないのか首を捻った。しっぽが静かに揺れる。
「やはり聞いたトコで理解できませんね。全然わかりません。」
「あんたらあれを知らないで生きてんの?…何かかなしいなぁ。オレ人間でよか
った。」
オレは素直な感想を口にして笑った。アマリリスも静かに笑みを浮かべる。
「わたしはこの体でしか生きていませんから、これしか知らないのですが…これ
はこれで快適ですよ?この先もわたしはその感情を知るコトなく生きるでしょう
。ですから求めるコトもないでしょう。…知らなければ欲しがったりしないでし
ょう?」
彼は微笑み、長いしっぽをゆったりと揺らす。
それを眺めながら、オレは頷いて力なく笑った。
「…あぁ。そうだな。…ホントその通りだ。」
こんな気持ち知らなければよかった。
知らなければオレはニセモノに満足して、それで十分なんだと思い込んでいら
れた。
ホンモノなんか手に入らなくてもいぃんだと、納得していられた。
なのに――
「…それなのに……何でなんだろうなぁ…」
カルラの冷たい指先の感触が頭から離れていかない。忘れてくれない。
あのあめ玉の味が、タチの悪いクスリの依存症のように、オレを狂わせる。
もっと触れたいと、もっとその熱を感じたいと願ってしまう。
彼女の指先が触れなければ。
あめ玉なんてもらわなければ。
あの日彼女に会わなければ。
こんな気持ち知らずに済んだ。
これがホンモノだというのか。ホンモノって、こんなに苦しいのか。これを越
えなければ、ホンモノは手に入らないのか。
安らかな彼女の寝息が憎らしい。
ひとの気も知らないで、そんなに気持ちよさそうに寝なくたっていぃじゃない
か。
オレひとり焦がれてばかみたいじゃないか。
ワケのわからない涙が零れる。鼻の奥がツンとする。
「わたしそろそろ眠りますけど、どうします?」
「…んー…もう少しココにいる。」
「そうですか。」
オレの顔に気付いているのかいないのか、いつもと変わらない口調で、彼は言
って体を丸めた。でっかいまんじゅうみたいだ。
「眠れなければ教えてください。眠らせてあげますから。」
そう呟いて、紅く光る瞳は静かに閉じた。
【0016】
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