第9話続き
食事を済ませたあとも、しばらくの間あたしたちはカフェでコーヒーを飲みな
がら過ごした。
彼はちょっと前からどこか変だ。時々妙に沈んでるコトがある。
元気で強引な彼は手に余って困るけど、こんな風に沈み込んでる彼は更に困る
。調子が狂う。
「これからどうする?オレの部屋来ない?」
彼はふいに口を開いた。温くなってしまったコーヒーをマズそうに啜ってる。
あたしは静かに首を振った。
「行かない。」
「何でダメ?何もしないって。あんたの部屋よりおもしろいモンあるぞ?」
「そんなコト言われたってイヤなモンはイヤ。…あたし男子寮入ったコトないも
ん。」
あたしは苦笑して、コーヒーの入ったカップをイミもなく揺らした。
「しずくのトコにも?」
「しずくのトコはあるよ、勉強教えてもらいに。あそこは別棟でしょ?」
「そこはよくてもオレんトコはダメなのか。」
いじけるような声で彼は言った。あたしは笑って頷いた。
カップの中のコーヒーが静かに揺れる。
「だってあなたの部屋には用がないもの。用もないのに入れない。」
「…つれねぇなぁ。…なら、あんたんトコ行ってもいぃ?」
「えぇっ、ヤダ。…何しに来るの?」
「ヒマだからだよ。いぃだろ?」
「……あたしのトコはおもしろくないって言ったクセに。」
あたしが鼻で笑ってそう言うと、彼は慌てて、
「や、そうじゃなくて、…いや、そうなんだけど…あんたはおもしろいんだよ。
」
って、イミわかんないコトを言った。
「どっちなの?言ってるコトおかしいよ?」
あたしが笑うと、彼はちょっと恥ずかしそうに苦笑した。
「ヒマなら他のひとのトコ行ったらいぃじゃない。あなた知り合い多いんでしょ
?そこら辺歩いてれば、この前みたく知ってるひとに声かけられるんじゃない?
そのひとたちと遊んだらいぃ。そっちのがずっと楽しいんじゃない?」
「そんなコトねぇ。…この前も言ったろ?……オレあんたといる方がずっと楽し
い。」
窓の向こうをじっと見つめながら、彼が呟いた。
ココに来て何本目かのタバコの煙が、小さく揺れながら昇ってく。
「わかんないなぁ。…あたしの何がそんなに楽しいの?あたし何もしてないけど
。」
彼は小さく笑って首を傾げた。ゆっくり煙を吸い込んで、吐き出すのをあたし
は黙って見ていた。
「何でだろうな?…オレもよくわかんねぇ。ただ…あんたといると落ち着くって
いうか、安心するっていうか。よくわかんねぇけど、そんな感じになるんだ。」
静かに呟くように彼は言って、微妙な笑みを浮かべた。視線はずっと窓の外。
「あのコたちにとって、オレって代替品のひとつでしかねぇの。次の男が見つか
るまでのつなぎとか、そういう、別にオレでなくてもいぃモノ。オレがホントに
必要なワケじゃない。いたらいたで楽しめるけど、いなくても普通に楽しめるん
だ。あのコたちがオレに声かけてくるのは、ただそれだけのモンなの。オレの中
身なんて全然興味ないの。」
自虐的な笑みを浮かべて、彼は呟き続ける。
彼がこんな風に自分のコトを話すのは初めてかも。そう言えば前にも一度、ち
らっとこんな話したコトあったか。ファッションが何とかって言ってた気がする
。覚えてないけど。
「あなたもそれなりに暗い部分があるんだね。単にバカみたいに強引なおせっか
いだと思ってた。」
「……それヒドくない?」
苦笑いして、彼があたしをちらっと見る。あたしも笑って、それからまたコー
ヒーのカップを揺らした。
「でもそれだけで十分じゃない?代替品だろうと、つなぎだろうと、その場限り
でも必要とされてるならそれでいぃんじゃない?それ以上を求めるのは欲張りだ
よ。…あたしたち孤児なんて誰にも必要とされてないんだから。だからこんなト
コにいるんでしょ?あまり多くを求めても失望するのは自分だよ。」
煙を深く吐き出す彼が視界の端に見える。何とも言えない微妙な沈黙。
「わかってるよそんなコト。…あんたが別にオレを必要としてないコトも。でき
れば近くに来ないで欲しいって思ってるコトも。…オレもずっとあんたと同じ考
えだった。……ずっとそう思って生きてきた。」
沈み込む彼に同調するように、煙まで低く揺れながら流れてく。彼の顔が雲っ
て見える。
「…そう思ってたのに……なのに、何でなんだろうな…」
じっと窓の外を眺めてる彼の声が、心なしか震えてる。
何だかちょっと息苦しくなる。彼の空気にあたしまで重くなる。
この空気をあたしにどうしろって言うのか。
「もう、困るなぁ。…そういう顔するのやめてくれない?調子狂っちゃう。あな
たが元気ないとあたし困る。――ほら、しょうがないから今日は付き合ってあげ
るよ。だから元気出してよ。あめ玉あげるから。ね?」
いつになく機嫌取りなんか買って出たあたしを見て、途端に彼は噴き出した。
いつもの顔に戻ってる。
あたしは呆気にとられてぽかんとした。その顔を見て、彼は更に笑う。
「あんたやっぱいぃコだよ。…何かいぃ。」
「――もうっ、ワケわかんないなぁっ何なの?」
彼はひとしきり笑って、タバコを灰皿に押しつけ火を消した。
「あめ玉ちょうだい。また食べさせてよ。そしたら元気出るから。」
「もう十分元気じゃない。」
「いぃからほら。ノート出して。」
せがまれるままにあたしは彼にノートを渡して、あめ玉を包みの中から取り出
した。黄色い半透明のそれをあたしは彼の口の中へと運ぶ。
【0014】
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