第9話
彼がまた朝から部屋をノックしてくる予感がして、次の日あたしは早くにベッ
ドを起きだして部屋を出た。
アマリさんは別にいぃじゃないって、ちょっと呆れて笑うけど、あたしにして
みれば全然よくない。
彼はあたしを不安にさせる。あたしに手を出すワケでもないのに、近付くイミ
がわかんない。
彼はしずくと違って強引すぎる。
しずくは、ずっとあたしとの距離を一定に保って、それ以上踏み込んでは来な
かった。いつも距離を保ちながら、優しく見守ってくれてる。
でも彼は違う。
どんなにカギをかけてガードしてても、それをこじ開けてムリやり押し入って
来るから怖い。距離なんて関係なく飛び込んで来るから、あたしもつい攻撃的な
態度に出てしまうのに、全然構うコトなく、撤退するコトもなく、居座ってスキ
を突いて進んで来る。
それが怖い。
怖いと思いながら、たまに彼に気を許してる自分に驚く。毎回ペースを乱され
てイラつきながら、それでもどこかでそれを楽しんで待っている自分がいる。何
もかも忘れて、甘えてしまいたくなるあたしがいる。
何でそんななのか、あたしにはわからない。
だからこれ以上近付きたくない。そうしないと、何かがダメになってしまう。
そんな予感があたしを焦らせていた。
昨日よりはちょっと遅めの時間に、オレはカルラの部屋に向かおうと部屋を出
た。
外に出て女子寮へと行こうとして、ふと立ち止まる。彼女の気配が別のトコか
らしたから。
最近オレは、彼女がどこにいるのかわかるようになった。ただのカンなのか何
なのか、吸い寄せられるように彼女のいるトコに来てしまう。
それはきっと家系のせいなのかも知れない。
オレの生まれた家は、昔から何代かに一人、妙な力を持って生まれて来る。い
わゆる超能力とか言うヤツだ。
昔はそういう人間は神サマみたいに敬われていたけど、時代が変わって神サマ
や宗教が廃れてしまってからは、ただの厄介者になってしまった。能力を持って
生まれて来た子供は忌み嫌われ捨てられる。
オレもそんな一人だった。
幼い頃のオレは、自分が捨てられた理由も、自分が普通の人間とはちょっと違
うというコトも知らずに、孤児院を渡り歩いてた。
引き取り手が付いても気味の悪いコトを言い続ける為、すぐに手放され別の施
設へと回される、という悪循環。
そうやって渡り歩いてるうちにオレにも知恵が付いてきて、オレが何もせずに
黙っていれば、みんながオレに優しくしてくれるコトに気付いた。
それからは、ひと前で変なモノが見えても知らないフリをして生活した。もう
誰もオレを邪魔にしなかったし、変な目で見られるコトもなくなった。
みんなオレのホントのコトを知らないのに、見た目だけで優しくしてくれる。
それでよかった。邪魔にされるよりは何倍もマシだった。優しくしてくれるな
ら、それだけでよかった。
そうしてもらう為に、オレに近付いて来るひとたちの求めにはできるだけ応え
た。
みんなオレを本気で求めてはいなくて、ただ都合のいぃ“つなぎ”としてしか
見てなくても、それで十分だった。本気は面倒だ。オレには重すぎるから。
オレはふらふらと、優しくしてくれるひとを渡り歩いてるだけでよかった。
なのに、
今オレはそれとは正反対のコトに夢中になってる。
始めはただの興味本位だったのに。
これが本気なのかどうなのか、本気になったコトのないオレにはわからない。
どんなに冷たいコトを言われても、優しくしてくれなくても触れられなくても
、近付きたくてそばにいたくて、気付くと吸い寄せられるように行ってしまう。
カルラの気配は“学園の森”から漂ってた。
その気配を頼りに中に入ってくと、いつか彼女がひとりでいた小高い丘みたい
なトコのてっぺんにある東屋に、彼女を見つけた。
彼女は眠ってた。
テーブルに突っ伏すようにして。傍らには本が一冊。読みかけでそのままにな
ってる。
眠る彼女をただ黙って眺めていた。
安らかな寝顔からは、過去にどんなヒドいコトがあったかなんて、まるで想像
できない。
このまま抱き締められたらいぃのに。
ふとそんな思いに駆られたけど、それだけはやってはいけないってわかってる
。彼女はそれを望んでない。口では強気なコト言ってるけど、彼女からはオレに
触れてこない。
それがオレたちの距離。
近付くのはタバコを吸ってる時だけ。
さらさらの黒髪が、風に吹かれて彼女の白い顔にかかった。
無意識にそれを指で払い除けたら、彼女の体がビクンと震えて目を覚ましてし
まった。
「―ごめん、起こしちゃった。」
彼女は眉間にシワを寄せてオレをちらっと見て、すぐに顔を伏せた。
「――もう、何なの?…何でココだってわかったの?」
「言ったろ?オレあんたのいるトコわかるって。」
「…こんな毎日顔見せに来なくていぃよ。…もう顔は大体覚えたから。」
「じゃあ早く名前も覚えろよ。覚えて呼んでくれよ。」
彼女は低く笑って顔を上げた。
「じゃあ、呼んだらもう来ない?」
「―え?」
彼女が冷たく笑う。
その顔にオレは凍りつく。この顔は怖い。ヒドいコトを言う時の顔だ。瞬時に
オレは理解していた。
「いぃ?今呼ぶからもう――」
咄嗟に彼女の口を塞いでた。心臓がイヤな音を立ててる。
びっくりして目を見開いてるカルラ。
「…ヤダ……こんなのヤダ。ちゃんとイミのある時に呼んでよ。……やっぱまだ
呼んでくれなくていぃ。ちゃんとあんたが…呼んでもいぃって思うまで呼んでく
れなくていぃから…今みたいのはやめてくれ。」
口を塞いでた手をそっと離した。
静かに彼女に背を向けて、オレは来た道を戻り始める。
ヒドく胸が痛んでいた。ズキズキと全身が脈打っているような感覚。
【0012】
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