「何で…誰にも助けを求めなかったんだ?」
「まぁ、そういう境遇にあまりにも慣れていて助けを求めるという考えがなかっ
たというのと、院長が周りから尊敬されるとても素晴らしい人間で、言っても信
じてもらえないからという理由でしょうか。」
「……何だよそれ…」
呟いて、ふと思い出した。
「ちょっと待て。…何でそんなトコにカルラは行こうとしてるんだ?あいつ2、
3日行ってくるって言ってたぞ?」
「それは院長の相手をする為です。二人の関係はまだ続いてるんです。」
「は?何で?」
「そういう約束だからです。」
「約束?…どんな?」
「カルラさんが彼の相手をする代わりに他の子供たちには手を出さないという約
束です。その約束が今でも生きているからです。」
“世話になった孤児院に行ってくる”と言った彼女の顔からは想像もつかない
現実。あの時の彼女は、ごく普通の何気ない感じでそう言ったから。
「だから何で…あいつなんだよ?……あいつじゃなきゃいけない理由なんかどこ
にもないだろ?」
「まぁそうですが…それが彼女にできる精一杯のコトなんじゃないですか?まだ
幼い子供たちに、できるだけ自分みたいな思いをさせたくないっていう気持ちが
彼女にそうさせてるんじゃないかと思います。」
「…だからって…そんなのヒドすぎる。…あんた何とかできないのか?」
「ムリですね。役目の範囲外です。わたしにはどうするコトもできません。」
アマリリスは淡々と即答して首を振った。その態度に若干ムっとした。
「冷てぇなぁ。ずっと一緒にいる仲だろ?ちょっとは情とか湧かないのかよ?」
「――放っといても大丈夫ですよ。もうじきその関係もなくなりますから。」
「どういうコトだ?」
「院長の体にはさすがにガタがきてます。病気のせいもあるんですが、ここ最近
は思わしくないようです。せいぜい2、3年てトコですかね?彼女はそれを知っ
ているから耐えられるんです。」
「でも3年もかかるんだろ?…そんなに長く…じいさんの体の前にカルラの体が
悪くなるかも知れないじゃないか。」
「まぁ、ありえなくはないですが。死ぬコトはないですよ。」
死ななきゃいぃってモンじゃない。そう言ってやりたかったけどやめた。彼ら
には理解できないんだろうと悟ったから。
「…あんたには手出しできなくても…オレならいぃんだよな?」
「――まぁ、おすきにどうぞ。」
「わかった。」
テーブルに出されたお茶を飲み干して立ち上がった。カルラは眠り続けてる。
彼女の体に毛布を掛けて、オレは出口へと向かう。
「オレが出てったらカギかけてくれないか?できるだろ?」
「えぇ、わかりました。」
アマリリスは頷いて、冷蔵庫の上に立ち上がりお辞儀した。
「ではさようなら、ツグミさん。」
「じゃあな、アマリリス。」
オレは軽く手を振ってドアを開けた。長いしっぽがゆっくり揺れて、彼はまた
そこに丸くなった。
ドアが閉まるのとほぼ同時に、カチっという音がした。その音を聞き届けて、
オレは歩きだした。
休み中の寮内はとても静かだ。まだ寝てるのか、それともどこかに遊びに行っ
たのか。
寮の外に出て、とりあえずタバコを一本吸った。
「あめ玉…もらってくんの忘れた。」
渋い顔で煙を吐き出す。あのあめ玉には、きっと何かのクスリが入ってるに違
いない。
だってあれがないと落ち着かない。タバコを吸えない時より落ち着かない。い
つの間にかそうなってしまった。
溜息と一緒に煙を吐き出して、重い気分を引きずりながら自分の部屋へと歩き
だした。
目を覚ますと、午後をとっくに過ぎていて、彼もいつの間にかいなくなってた
。
アマリさんはいつもの特等席で丸まって寝ていたけど、あたしが起き上がった
ら耳をぴくっとさせてあたしの方に視線を向けた。
「ツグミさんならだいぶ前に帰りましたよ。お茶を飲んであなたに毛布を掛けて
帰りました。」
「……それだけ?」
呆然として、独り言のように呟いていた。アマリさんは首を傾げてちょっと不
思議そうな顔であたしを眺めてる。
「それだけですが…何か?」
「…何でもない。」
正直びっくりしてる。
あたしがひとのいる部屋で眠れたなんて。ちょっと変な感覚だったけど、えら
くぐっすり眠れた気がする。
彼がホントに何もしなかったのにもびっくりしてる。
しずくもそうだけど、世の中にはこういう男もいるんだ。
「…ちょっと教会行ってくる。」
「おや、随分久々ですねぇ。いってらっしゃい。」
教会はちょっと町の外れにある。
この国はあまり宗教に執着がない。あたしも特に信仰してる宗教があるワケで
も、特別神サマを信じてるワケでもないけど、教会の雰囲気はすき。
静かで明るくて、とてもキレイ。
中に入れただけで、自分もちょっと清められた気がする。たまにあたしは、そ
こを訪れて浄化された気分で帰ってくる。
そんなの気休めだってわかってるけど。あたしの体がキレイになる日なんて来
ないけど。
それでも、そんな気分になれるだけでも十分だった。
もう少しの辛抱だから。ずっと言い聞かせて生きてきた。
もう少しで自由になれる。
教会の中は、いつも通り誰もいなくて静かで明るかった。小さくてちょっと古
いけどキレイな場所。奥には誰だかわからない神サマの像。
神サマなんて信じてないけど、とりあえず祈ってみる。ココに来ると何でかそ
んな気になる。
「――何祈ってんの?」
ふいに後ろから声がして、振り向くと彼が立ってた。ちょっと悲しそうな顔し
てる気がする。ぼんやりしててよくわからないけど、いつもと違う気がする。
「みんながしあわせになれますように。」
そう呟いてあたしは笑った。
「ウソ。無事に卒業できますようにってお願いしてたの。…まぁ神サマなんて信
じてないけど。」
「…何だよそれ。」
彼は苦い顔で笑った。
あたしは出口に向かって歩きだす。彼も後ろをついて来る。
外に出て、階段に腰を下ろした。午後の日差しはまだ強いけど、ココは丁度日
陰になってて涼しい。
「よくわかったね、ココにいるって。」
隣に腰を下ろした彼に向かってそう言った。彼はタバコに火を点けながら頷い
た。
「オレ、あんたのいるトコわかるみたい。」
「何それ?ちょっと怖いよ?」
あたしが笑うと、彼もいつものように笑った。煙がゆったりと流れてく。
「あたしにも一本ちょうだい。」
彼は何も言わずに、ポケットから箱を取り出してあたしに寄越した。この前と
同じように、彼のタバコから火を移して煙を吸い込む。
やっぱりおいしくない。
こんなの何がよくて何本も吸い続けるのかわからない。
彼はいつものような元気がなくて、あたしたちはただ黙って煙を吐いたり吸っ
たりしながら、目の前の何でもない景色を目に移してた。
「あたしって…いぃコ?悪いコ?」
何気なく聞いてみた。
別にイミなんかない。ただ沈黙してるのがイヤだっただけ。
彼はあたしの顔をじっと見つめて、それから小さく笑った。
「んー、悪いコだな。…タバコ吸ってるから。吸ってなきゃいぃコだ。オレとい
る時は…イヤなコだな。オレに優しくないから。」
「何それ?」
あたしが笑ったのを見て彼も笑って、階段にタバコを押しつけて火を消したあ
と、あたしからまたタバコを取り上げた。
「もうおしまい。……あんたはいぃコだよ。十分いぃコだ。」
優しい声でそう言った。元気のない彼はちょっと変だ。
「…あたしのコト何にも知らないクセに。」
そう言って苦笑したら、彼も苦笑した。
「そうだな…何も知らねぇな。」
呟くように放った声はヒドく沈んでいて、ひんやりした階段にぽたりと落ちた
。
溜息を吐いて、彼はまたタバコを階段に押しつける。
「カルラ、今日バイトは?」
「あたし遅番。」
「…そっか。オレ早番だ。」
彼は立ち上がって階段を下り始めた。あたしも無意識にそれについて歩き始め
た。
「じゃあ久々にあなたと顔合わせずに済むんだね。」
「…ホント、イヤなコだなぁ。」
苦笑して、彼はあたしを振り返る。やけに沈んだ顔。ホントに今日はどうしち
ゃったんだろうか。
その理由を尋ねようと口を開きかけた所に、別の所から声があがった。
「あっ、ツグミっ」
少し離れたトコに、女のひとが3人くらいいるのが見えた。一人が手を振って
る。彼には随分と知り合いが多いらしい。
「呼んでるよ。」
あたしが言うと、彼はちょっと困った顔をした。
「行ってあげなよ。あたしに構ってばっかりいないで遊んであげたらいぃじゃな
い。あのひとたちといる方があたしなんかよりずっと楽しいと思うけど。」
「……そんなコトねぇ。あんたといる方が楽しい。」
彼はさみしそうな顔で呟いた。あたしはそれを見ないフリで彼から離れた。
「ほら行って。待たせちゃ悪いよ。あたし帰るから。」
「っちょっとカルラ!」
その声には応えずにあたしは彼に背を向けて、振り返らりもせず手だけひらひ
ら振ってその場を後にした。
カルラが立ち去ってから、仕方なくオレは女のコたちと遊んだ。
それは以前にも増して退屈で、苦痛にさえ感じた。
カルラといる時と何でこんなにも違うんだろう。彼女は相変わらず優しくもな
いし、どっちかって言えば冷たいのに、他のコたちといる時よりもずっと楽しい
。
少しの間だけ女のコたちの相手をして、オレはバイトを理由にそそくさと別れ
た。
「あなた今日早番だったんじゃないの?」
仕事が終わって出て来たカルラは、いつもの場所にいるオレを見て驚いた声を
あげた。
「遅いから迎えに来た。」
答えると、彼女は呆れた顔で溜息をついた。
「ねぇ、あめ玉ちょうだい。」
彼女はオレの顔を少し伺ったあと、いつものようにバッグを漁ってあめ玉を1
コとノートをオレに渡した。
「へぇー…何か随分埋まったな。休みなのにこんなにひと来たのか?」
「あれ、知らないの?ちょっと前からココでも配ってるんだよ。」
「…ココで?」
カルラは店を指差して頷いた。
ノートにもう一度目を向けると、何だかやけに踊ってる文字とか何かのシミと
かが付いてる。
「今まで全然気付かなかったんだけど。あなたが教えてくれたんだよ?」
「…オレ何か言った?」
「うん。あなたが初めてココに飲みに来た時“あめ玉ちょうだい”って言ったで
しょ?それで思いついたの。」
彼女は言ってにっこり笑った。あんまり、と言うか一度も見たコトない顔だっ
た。
「店長にとりあえず試してもらったら、何かいぃコトあったみたいで喜んでOK
してくれて。裏メニューみたいにしてまず常連さんから広めていってるんだけど
、なかなか好評なの。」
「そうか。そりゃよかったな。」
最近前より忙しくなった気がしたのはそのせいか。皿洗いばっかしてたから気
付かなかった。
ノートに書き込み、彼女に返して立ち上がる。
いつも通り自転車を押して並んで歩く帰り道は、やけに静かだった。
しばらく黙って歩いて、オレは口を開いた。
「なぁ、カルラさぁ…」
「何?」
言い難くて言葉を切ったオレに、カルラは首を傾げた。
「んー…どうしても行くのか?孤児院。」
「何?急に。」
彼女は笑って不思議そうにオレを見つめる。
「あんたが行かなくてもいぃんじゃないのか?…今回はしずくだけに任せてオレ
と一緒にどっか行かないか?」
「何言ってるの?」
そう言って笑ったけど、オレの顔が笑ってないのを見てまじめな顔になった。
それから視線を逸らして首を振った。
「ダメだよ。あたしが行かなきゃなんないの。」
「何で?」
「……あたしが来るのを楽しみに待ってるコたちがいるから。」
カルラは静かに答えて、少し苦しい顔で笑った。
重苦しい雰囲気に飲まれそうになるのを、オレは懸命に堪える。
それがあんたの望んでないコトでも行くというのか。自分を犠牲にしてでも。
「そのうちきっと行かなくなるから…今のうちに会っておきたいじゃない?」
「ホントにそう思ってんの?」
彼女はオレの問いかけに笑って頷いた。何かを堪えるような瞳。
それでも何も言ってくれない。
「思ってるよ。どうしたの?何だか今日のあなた変だよ?」
オレは何も言わずにただ彼女を見つめて笑った。彼女は何だかわからずただ小
首を傾げてた。
「―吸うか?」
タバコに火を点けて彼女の方にも箱を向けると、彼女は頷いて、
「じゃあ半分。」
そう言って、箱じゃなくオレの方に手を伸ばすと、銜えてたタバコを勝手に取
り上げて自分の口に運んだ。オレはそれを黙って眺めてた。
タバコを吸う時だけ、カルラとオレの距離は近づく。
煙を吸い込んで、彼女はタバコをオレの口に戻した。
「やっぱおいしくない。何でこんなのがいぃの?」
「よく言うよ。いぃだけ吸っといて。」
オレは笑って彼女を見やった。彼女も笑って、また懲りずにオレの口からタバ
コを奪っていく。
「何でだろ。あなたが吸ってるトコ見てると、おいしそうに見えるの。」
煙を吐き出してそう言うと、またオレの口に戻す。
「ふーん、そう見えるのか。…でもオレも実はウマいって思ったコトねぇよ。た
だ何だろ?口さみしいって言うか、脳が欲しがってんだろうよ。」
「じゃあ別にあめ玉でもいぃってコト?」
「…かもな。」
カルラは“何だそれ”って顔でオレを見て笑った。
それから少し、タバコを分け合って吸いながら歩いたあと、自転車に乗って帰
るコトにした。
彼女は前ほどイヤがらずに後ろに座ってくれた。相変わらずオレの体に捕まる
コトはなかったけど。
静かに通り過ぎてく町の景色を、オレたちは黙って走り抜けた。
「あんたさぁ。……何か困ってるコトとかあったらオレに言えよ?」
「何の話?」
彼女は知らないフリで笑って言った。オレは前を向いたままで続けた。
「…誰にも言えないで悩んでるコトとか……しずくにも話せないコトとかさ。何
かあったらオレが聞いてやるからさ。」
「……」
カルラは何も返して来なかった。
沈黙が続く。それでも、振り向いて彼女の顔を見る勇気がない。
「―ホントあなたって変なひと。しずくに言えないコトをあなたに話すと思って
るの?」
彼女の声が背中に刺さる。
――言うと思った。けど、ホントに言われるとキツい。
オレは笑って首を振った。
「思ってねぇよ。…けどそうなったらいぃなって思ってる。」
タバコの煙が目に沁みる。
煙のせいなのか何なのか、イミのわからない涙が出た。ノドの奥がちょっと熱
くなる。
「ホントに今日はどうしたの?…何かよくないコトあった?」
カルラの声が聞こえる。ちょっとは心配してくれてんだろうか。
“あんたにナイショで、あんたの過去を詮索してヘコんでんだ”
そう言ったら、あんたは怒るかな?
怒るよな。もう口きいてもらえねぇかもな。
「うるさくないあなたって変だよ。そうだ、あめ玉食べなよ。タバコなんて吸っ
てないで、ほら。」
いつになく優しい調子で彼女は言って、オレからタバコを取り上げた。
「ほら、あめ玉出して。あたしが食べさせてあげる。」
言われるままにポケットからあめ玉を出して彼女に渡した。彼女は包みを開け
てオレの口に放り込もうとした、その時、
「……っ」
白くて冷たい彼女の指先がオレの唇に微かに触れて、ビクっと震えたのが見え
た。オレはそれに気付いてたけど、何も見なかったフリをした。彼女も特に取り
繕うコトはしなかった。
「どう?いぃコトありそう?」
「…そんなのわかるかよ。」
オレは言って笑った。彼女の笑い声が背中に響く。
「あんたがオレのコト名前で呼んでくれたら元気出るかも。」
「――ヤダよ。呼んであげない。」
「ちぇっ。…つれねぇなぁ。今なら呼んでくれるかと思ったのに。」
「そんな簡単に呼んであげないよ。」
意地の悪い笑い声を背中に受けとめる。これが今のオレたちの距離なんだろう
。込み上げるワケのわからない苦くて熱い何かを、オレは必死に押し殺す。
「じゃあいぃよ、それでも。…あんたが呼んでくれるまでつきまとってやるから
。」
「―ホントあなたって変なひと。」
甘くて酸っぱいあめ玉は、ちょっと切ない味がした。一瞬だけ触れた彼女の指
先が、味を変えてしまったみたいだ。
口の中に広がる切ない味は、あめ玉が消えてなくなっても、しばらくオレの口
の中に居座り続けた。
【0011】
次へ
戻る
あなたも小説を投稿しませんか?短い内容でもOKだよ!→
投稿ホーム←
☆DISマガジン登録☆
キャンディドロップの甘い願いTOPへ戻る
ト襯iscovery覽OPへ戻る
(c)携帯小説襯iscovery