カルラが出てって少ししてオレは立ち上がった。

 もう一度、そいつの前に立って視線を合わせるように屈み込む。ふてぶてしい 紅い瞳は、ちらりとも動かない。オレにはそれが滑稽に映っているのをわかって るのか何なのか、依然動かず黙ってる。

「で?あんたのホントの名前は何?」  あくまでぬいぐるみのフリを続けるそいつに向かってオレは尋ねた。

 正面からは何の答えも返って来ない。それでもオレは問い続ける。

「知らんフリすんなよ。もうバレてるぞ“アマリさん”?」 「――やはり気付いてましたか。」

 少しして、観念したように呟いてそいつは動きだした。余程あの体勢が辛かっ たのか、彼は思いきり伸び上がって、ついでに大きなあくびをした。

「あなた長居しすぎですよ。おかげでわたし疲れてしまいました。」

 グチを零す彼を見やって鼻で笑う。 「あんた何者?」

「わたしの名前は“アマリリス”です。どうぞよろしく。」

 アマリリスと名乗った変てこな生き物はバカ丁寧にお辞儀した。オレもつられ て会釈する。

「で、何しにあいつにあんなコトさせてんの?」

「―“あんなコト”…と言いますと?」

 アマリリスは“何のコト?”って感じに首を傾げてオレを見る。座るのに飽き たらしく丸まっている。

 こっちのが本来の格好なんだろうか。長いしっぽがゆったり動いてる。

 ホント変な生き物。

「とぼけんなよ。あめ玉配ってノート書かせてるだろ?…あのノートあんたのだ な?同じにおいがする。」

「ほぉ…そんなコトもわかるのですか?随分強い力をお持ちですね。」

「そうじゃねぇよ。あんなコトさせてあいつをどうする気だ?ノートが埋まった らあいつどうなるんだ?」  アマリリスは静かに笑って首を振る。

「さぁ、どうなるんでしょうねぇ?…あなたにお話できるコトは何もありません よ。」

 そう言う彼を眺めて、遠い昔同じようなコトを言われたのを思い出した。 「あ〜、それがあんたらの“ルール”だったか。」

「おや。何か知っているのですか?」

 アマリリスの耳がぴくっとなって、彼は体を起こした。

「昔、あんたみたいなぬいぐるみに会ったコトあるよ。…そいつはライオンみた いなナリしてたけどな。…名前は何だったかな…“ヒガンバナ”…とか何とか言 ったかな。そいつもあんたと同じようなコト言ってた。」

「ほぉ…彼に…」

 彼は楽しそうに目を細めて微笑んだ。

 ずっと昔、オレがまだガキだった頃にいた町で、オレはそいつに会った。

 黄緑色のライオンみたいな変てこな生き物に。紅い瞳がやたら気味悪くてよく 覚えてる。

 そいつを持ち歩いてたのはやたら陰気くさい男で、いつも道端で気味の悪い人 形を配ってた。今思えば、その男も革張りのノートを持ってた気がする。  男はオレにもその人形を差し出したけど、オレは頑なに受け取らなかった。

 男のそばにはいつもライオンみたいな生き物が座ってて、男のいないスキを狙 ってオレはよくそいつに話しかけた。まぁ結局、そいつは名前以外は何も教えて くれなかったけど。

 しばらくして男もそいつも町から姿を消してしまって、オレもそんなコト忘れ 去ってた。

「まぁ、ルールだか何だか知らねぇけど、あんまりあいつにヒドいコトするなよ ?…あいつ随分複雑な人生送ってきたみたいだからさ。」

 そう言ったオレを見て、アマリリスは鼻で笑った。

「複雑でない人間なんていますか?わたしたちからすれば、人間はどれも同じく 複雑で、わたしたちには理解できない。…そう言うあなただって、随分複雑な色 の魂をお持ちじゃないですか。」

「それはオレ自身じゃなく家系だろ。…オレ自身はそんな複雑じゃない。」

 苦い笑みを浮かべながら答えたオレに、彼は何か妙に納得したようで静かに頷 いた。

「なるほど、家系ですか。実に興味深い。…カルラさんの役目が終わったら次は あなたに当たるといぃですねぇ…まぁそう思ったようにウマくはいかないモンで すが。」

「それは人間と一緒なんだな。」 「そうですね。」

 オレたちは顔を見合わせて笑った。それからアマリリスは静かに口を開いた。

「わたしはルールに従って、目的が遂行されるように彼女を見守るだけです。あ なたが何とおっしゃろうと、もう始まってしまったモノはどうにもなりません。 」

「だからって黙って見てるワケにいかねぇよ。危険な目に遭うってわかってたら 止めるのが人間だ。」  彼は困った顔をして首を振った。溜息みたいな吐息が聞こえる。

「ホントに人間というのは面倒ですねぇ。…まぁ、そんなにご心配なさらずとも 危険な目には遭いませんよ。」 「……信じていぃのか?」

「えぇ。その予定ですから。」 「予定かよ。」

 苦笑したオレを見つめて、彼は微笑み最初のように座り直した。 「あなた、お名前は?」 「ツグミだよ。」

「ツグミさんですね?覚えておきましょう。」  アマリリスは言ってにっこり笑い、それから急に真顔になった。

「あなたに一つ忠告です。カルラさんに余計なコトをおっしゃらないでください 。わたしと話せるコトもです。」

「―何でだよ?」 「これは彼女がひとりでやらなければならないコトだからです。それがルール。 彼女ならきちんとやり遂げられる筈です。ですから手を貸すようなマネだけはな さらないでいただきたい。」

 その口調はとても穏やかで優雅にすら感じたが、その紅い瞳は真剣で、有無を 言わせない威圧みたいなモノを漂わせていた。

 オレは小さく笑って手をひらひらさせた。

「わかったよ。…でももしあいつが危ない目に遭いそうになったら手出すからな 。」 「覚えておきます。」

 頷いた彼は、目を細めて優雅に笑った。



「もうっコーヒーどこも売り切れで外まで行くハメになったじゃないっ信じられ ないっ」

 入って来るなりカルラはグチってオレを睨んだ。それがあんまりおかしくてオ レは大笑いした。

 彼女は乱暴にオレの前に買って来た缶コーヒーを置いて、ベッドの上にヒザを 抱えて座り込んだ。  アマリリスはというと、カルラが出て行く前と同じように、棚の上にちょこん と腰かけてすました顔をしている。  けれど、動いてるトコを見たあとでは、余計にウソっぽく見えてしまう。 「早く飲んで帰って。」

「はいはい。サンキュウー。」

 不機嫌丸出しでオレを睨む彼女をヨソに、オレは知らん顔でコーヒーを飲んだ 。甘ったるいコーヒーは後味が悪かったけど、ムリ言って買って来てもらった手 前、オレは何とかガマンして飲み干した。

「あ、そうだこれ。」

 ポケットから紙切れを出して彼女の方に投げた。彼女は面倒くさそうにそれを 拾って開いた。 「――何これ?」

 予想通りと言うか何と言うか、眉間にシワを寄せて彼女はオレを見る。

「オレのプロフィール。紙に書いといたら忘れないだろ?どっか見えるトコ貼っ といて。―言っとくけど、捨てたらもっとデカいの部屋の前に貼るからな。」 「……バカみたい。」

 彼女は鼻で笑って、紙切れを机の上に置いた。すぐに捨てられるかと思ってた から、そんな彼女の態度にオレはかなりホっとした。 「じゃ、本気で怒鳴られる前に帰るか。」

 オレは立ち上がって彼女の顔をちらっと見やった。“早く帰れ”って顔してる 。親しくなるにはまだまだ程遠い。 「もう来ないでよね。」

 背中でカルラの声がした。この前のような冷たい響きはしない。少しは気を許 してるんだろうか。  それとも単に呆れてるだけ? 「さぁね。」

 とぼけた調子で言い残して、ドアを開け外に出た。ドアを閉めると、無意識に 溜息が漏れた。  オレは何をしたいんだろう。何の為にこんなコトしてるんだろう。  ポケットに入ってたあめ玉を口に放り込む。甘ったるいコーヒーの味が一気に 消える。 「やっぱこっちのがウメぇ。」

 甘酸っぱいイチゴ味に安心しながら、エレベータホールへ向かって歩きだした 。



【0008】

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