第4話



 エリートクラスの寮の6階を歩くのは久しぶり。去年の期末テスト以来だ。南 側の一番端っこが目的地。

さすがに一般寮と比べると静かだ。

 “J”に金をかけてるのがよくわかる寮内。一般寮だってそんなに古くないし 不便も感じないけど、ココを見てしまうとあっちはビジネスホテルくらいにしか 見えない。

ココはスイートルームみたい。一部屋の大きさからして全然違う。

ドアをノックすると、すぐに中から聞き慣れた声がしてドアが開いた。

「やっほー。」

出てきた見慣れた顔に向かって、あたしは手を振った。

「やぁカルラか。久々だね。」

「うん。勉強見てもらいたくて。―中、誰かいる?」

中を覗くと、何人かひとが見えた。 「しずく誰?お客さん?」

「あ、オレら帰るからいぃよ。」

中のひとたちが立ち上がって言うのが聞こえた。しずくの方を伺ってみると、 彼もにっこり笑って“おいで”って手招きしてくれる。

「あぁ悪いね。―じゃ、入っていぃよ。」

「うん。おじゃましまーす。」

入り口で靴を脱ぎながら、そこに並ぶ靴を眺める。どうやら中には3人いるよ うだ。

「っあれ、キミもしかしてキャンディくれるコ?」

声がして、中にいた男のひとたちがぞろぞろとこっちにやって来るのが見えた 。メガネをかけた、いかにもガリ勉なひとがあたしをじろじろと見てる。

「あ、ホントだ。あのウワサのキャンディのコだ。」

「へぇ、オレ初めて見た。」

もう二人はあんまり頭がよさそうに見えないナルシスト系。みんな物珍しそう にあたしを見てて、ちょっとイヤな感じ。

「おい、おまえら。ちょっとは遠慮してくれよ。怖がってるだろ?―カルラ、こ っちおいで。」

しずくが手招きしたから、助かったとばかりにあたしは奥に逃げ込んだ。

「何だよ、しずく。ひとを猛獣みたいな言い方しやがって。」

ナルシスト2号(かどうかは知らない)が、ちょっと口を尖らせて言った。 「あ、ちょうどいぃや。キャンディちょうだいよ。…持ってる?」

「あ、ボクも欲しい。」

ナルシスト1号とガリ勉がこっちに戻って来た。2号も後からついて来る。

「うん、あるよ。何コいる?」

「オレ5コ。」

「じゃボクも。」

「オレも。」

3人にあめ玉を配って、いつも通りノートを渡す。

「―こんなんでホントにいぃコトあんの?」

ナルシスト2号が疑わしげにあめ玉を眺めて呟くのを、ノートに書き込んでた ガリ勉が鼻で笑った。

「まぁ偶然かも知れないけどな。食ってみたらわかるさ。」

「これ、クスリは絶対入ってないんだよね?」

ナルシスト1号は念を押すように聞いた。

あたしは苦笑して頷いた。

「入ってたら堂々と配らないよ。」

「んー…普通のキャンディだな。…レモン味だ。」 「―え?」

2号が述べた感想に驚いて、あたしは彼の方を振り向いた。 すると1号が、それに異議を唱えるように手を振って入ってきた。

「いやいやメロンだって。」 「えぇっ、ボクのはオレンジだったぞ?」

「……。」 あたしは無言で彼らを眺めた。

みんな味が違うんだ。 あたしはおそるおそるガリ勉に向かって聞いてみた。

「前にあげたのも全部同じ味だった?」 「ん?うん、全部同じだよ、ずっと。この味しかないんだと思ってた。」 「オレもだよ。ずっとメロン。」

これは何かイミがあるんだろうか?ただの偶然?最初から何種類か味があった んだろうか? だとしても、同じ種類だけ同じひとに配り続けるなんてムリだと思う。見た目 はどれも一緒だし。 何よりあれの元になってるのは、あたしの中から出てきた得体の知れない塊だ よ?

あれに味があるコト自体おかしいと思う。 「ま、いぃや。帰ろうぜ。」

「そうだな。じゃあなしずく。」 「じゃあな、しずく。―何かいぃコトあったら、またもらうから。」

2号があたしをちらっと見てそう言ったから、あたしは簡単に答えた。 「うん。まいどあり。」

そうやって3人のエリートは帰って行った。



「勉強、どこわかんないの?」

3人が帰ってしばらくして、しずくがあたしに声をかけた。

あたしはずっと、さっきのやりとりが気になって考え込んでて、本来の目的を 忘れてたから。

「あ、ごめん。」 慌ててバッグから教科書と普通のノートを引っ張り出す。それをしずくはじっ と見つめて言った。

「ホントに何か危ないコトに巻き込まれてるんじゃないんだよな?」 「―何のコト?」 心臓がびくりと揺れて手が震えたけど、あたしは知らないフリをした。 彼はそんなあたしを眺めて溜息を吐いた。

「とぼけるなよ。…あめ玉のコトだよ。ホントに何かヤバいモンじゃないんだよ な?」

念を押すように、しずくがあたしを見つめてる。

こういう話を彼とは何度もしてる。彼はあたしを心配してる。まぁそれも当然 なんだろうけど。

「心配しないで。ホントにそういうモンじゃないから。…事情話せなくて悪いん だけど。…話せるようになったらちゃんと話すからさ。ね?」 いつも通りの答えを聞いて、しずくは小さく溜息を吐いたけど、すぐに笑って 頷いた。

「じゃあ、それまで待ってるから。…でも危なくなったらすぐ教えろよ?」

「わかってる。」 あたしは頷いて微笑んだ。

しずくとあたしは同じ孤児院出身だ。

8才の時、あたしはしずくと出会った。孤児になったばかりのあたしは、院に 全然馴染めなかった。元々、人見知りがヒドかったのもあるんだけど。

彼は当時からかなりしっかりしてて、そこのリーダー的な存在だった。なかな か懐かない頑固なあたしに、根気よく付き合ってくれた。

彼が15才でこの学園に入ってからはそんなに会えなくなったけど、それでも 長期休暇を利用して様子を見に来てくれたし、あたしも学園行きを希望したら、 受験勉強を手伝ってくれた。

しずくがいなかったら、あたしは今こうしていられない。

「ねぇ、もうすぐ夏休みだけど、どうする?帰る?」

何とか勉強を終わらせて、バッグに道具をしまいながらあたしは尋ねた。

「あ〜…どうするかなぁ…さすがに今年は忙しいんだよなぁ。…でも院長の顔も 見たいし、2、3日くらいなら何とかなるかも。」

「そっか。じゃあ行く時声かけてくれる?あたしも一緒に行く。」 さりげなく同行を求めると、まだ机に向かってたしずくがこっちに視線を寄越 して小首を傾げた。

「それ以外の日、何やるんだ?」 「バイトだよ。当然でしょ。」

その答えに、しずくはちょっと呆れた顔して肩を竦めた。

「相変わらずだなぁ、おまえは。…せっかくタダなんだからちょっとは満喫した らいぃじゃないか。」

「あら、使う時は使ってるよ。ただ最低限に抑えてるだけ。…だってあんなの絶 対怪しいでしょ?」 「…まぁ、そうだけど。」

 ココでは全てがタダで手に入る。学園内の自販機も、食堂、売店、全てが学生 証ひとつでタダになる。

 学園の広大な敷地内にはあらゆる店が立ち並んでる。美術館や、博物館、研究 施設から娯楽施設まで何でもあって、一つの町みたいになってる。学園の生徒は 、その全ての場所に学生証があれば入れるし、欲しいモノもタダで購入できる。  校舎、寮、及び研究所以外の施設は一般のひとにも開放してて利用可能。もち ろん金は取るけど。

 まぁ、そもそもあたしたちは孤児だから金なんか持ってない。だから入学金と か学費も当然払ってない。

 更に、年に2回の長期休暇には、学園側が生徒の為に旅行を企画してる。参加 は自由。国内にある学園指定の施設へ宿泊し遊べるのだ。これもタダ。  ホントどこまでも、いたれりつくせりだ。

 それでどうやってこんだけの施設を維持、運営するのに必要な資金が確保でき てるのか不思議でならない。バックにマフィアが付いてるとか、国の補助がある んだとか、どっかの人のいぃ金持ちの慈善事業だとか、ウワサは色々絶えないけ ど、結局ホントのコトは誰も知らない。

「すき勝手に遊びまくって卒業してからまとめて請求されたんじゃ、やってらん ないじゃない。」

 苦笑してしずくを見やると、彼も苦い顔して頷いた。 「確かにそういうウワサはあるけど、ホントのトコはわかんないだろ?…まぁ、 バカみたいにいぃ気になって使いまくるのはどうかと思うけど、もう少し甘えて もいぃんじゃないか?」  彼の意見にあたしは顔をしかめた。

 確かに生徒の中には、タダをいぃコトにバカみたいにすき勝手やってるひとも いる。どんな神経してんだ?って感じであたしは見てるけど。  あたしは余程のコトがない限り学生証での買い物はしない。ちゃんと金を払っ てモノを買う。その為にバイトをしてる。

「そんな風には考えられないよ。…あたしたちは孤児だもん。親も金も、何の後 ろ盾もなくなった時点でそんな考え捨てるべきじゃない?与えられた環境は最大 限活用するべきだけど、多くを望んじゃいけないよ。あたしたちのコトを守って くれる人間なんていないんだから。」

 しずくはあたしの言葉に悲しい顔をした。こういう話の時、あたしとしずくは いつも意見が分かれる。で、決まって彼は悲しい顔をする。  あたしにはわからない。彼が何でそんな顔するのか。

「―相変わらずだな、おまえは。…もっと警戒を緩めてくれなきゃ近付けないじ ゃないか。」 「何か言った?」

 呟いたしずくの言葉を聞き逃して、あたしは彼に尋ねた。  彼は微笑んで首を振った。

「何でもない。ただの独り言。」

「そう?…じゃあ、あたし帰るね。今日はありがと。」



 部屋に戻ると、アマリさんが退屈そうに冷蔵庫の上で丸まってた。そこは彼の 特等席。夏場は暑すぎるんじゃないかと思うけど、彼は気にせず転がってる。  あの毛皮はニセモノなのかも知れない。 「おかえりなさい。遅かったですね。」

「ただいま。ちょっとしずくのトコ寄ってたの。」

「―しずくさんと言うと…あぁ…あなたと同郷のご友人ですね?何度かココにも 遊びに来られた。」

「そう、彼。」  アマリさんは大きく伸びをして、冷蔵庫からピョンと下りた。

 それから冷蔵庫を勝手に開けて、中からプリンを出してニコニコしながら食べ 始めた。ベッドに腰かけてそれを眺めてたら、急にさっきのコトを思い出して、 あたしは“あっ”って声をあげた。

 アマリさんがちょっとびっくりして耳をピンと立てる。 「―どうしたんですか?…プリン食べます?」

「いや、そうじゃなくてっアマリさん、ちょっと聞きたいんだけどっ」  あたしはバッグの中からあめ玉を出して彼の目の前にかざした。彼は不思議そ うにあたしとあめ玉を見比べてる。

「今日ね、知ったんだけど、これ、ひとによって味が違うみたいなんだけど。何 かイミあるの?どうやって味変えてんの?」  空になったプリンの容器をゴミ箱に捨てて、彼はにこやかにあくまで冷静にあ たしを見た。 「あー、そのコトですか。」

「教えてよ。何かイミあるの?」

「さぁ、どんなイミがあるんでしょうね?」  アマリさんはとぼけた顔で笑った。あたしは溜息を零す。

 いつもの展開。あたしはいつになったらホントのコトを教えてもらえるのだろ う。 「元々、それに味なんてないんですよ。」

 何の気紛れか、突然アマリさんは口を開いた。“ちょっとだけですよ”って、 仕方なさそうな顔で。  手の上で転がるあめ玉の包みに視線を向ける。

「え…だって…、」 「あなただって見たでしょう?それの元はあなたから出たあの塊ですよ?味なん かあるワケないじゃないですか。」 「…まぁ、確かに…そうなんだけど…」

「味を判断してるのは、食べた本人なんです。」 「本人?」

 ますますワケがわからなくなって、あたしはただアマリさんの顔を見つめた。  その顔があんまり変だったのか彼はあたしを見て笑いだした。 「それを食べた人間が、それをどう感じたかで、脳が勝手に判断して味を決める んです。一度“これ”と思い込むと、もうそれにしか思えなくなる。人間ってそ ういうモンですよね。」

「―…だから、それに何のイミがあるって言うの?」 「さぁ、どうなんでしょうね?」

 アマリさんはいつもの顔で笑った。  なんだそれ。

 そこまで教えてくれたんなら、もうちょっと教えてくれたっていぃのに。 「続きはまたそのうちに。」

 あたしの気持ちを見透かしたように、アマリさんは言っていたずらっこみたい に笑った。

「あーぁ…そのうちって、いつなんだろうなぁ。」

 また何ヵ月も放っとかされそう。ほっぺを膨らませてあたしはグチを零した。  彼は楽しそうにそれを見て笑ってる。

 聞かなきゃよかった気がする。余計にワケわかんない。 「もう寝るっ」

 何も考えたくなくて、さっさと寝るコトにした。  その日はホントにそのまま眠ってしまった。



【0005】

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