第3話
午後の日差しが降り注ぐ中庭を友人たちと歩いてると、ふいに声をかけられた
。
「あっ、ツグミ先輩っ!」
「わぁっ久しぶり〜。」
振り返ると二人組の女のコが手を振って近付いて来てた。その間に、記憶の中
から彼女たちの名前を引っ張りだす。
「やぁ、アンナちゃんにデボラちゃん。」
「わぁうれしいっ覚えててくれたんだ!」
「さすがだねぇ。モテ男は記憶力も違う。」
「ヒドいなぁその言い方。イヤミ?」
苦笑して彼女たちを見やると、彼女たちはくすくすと笑った。
オレの周りにはやたらとひとが寄ってくる。
それはオレの見た目が他よりちょっといぃからだと自分でも認識してる。女の
コは声をかけなくても勝手に寄ってくるし、声をかけても殆ど冷たくされたコト
がない。いつも女のコがオレの周りをついて歩いてて、みんなオレと遊んでくれ
る。
だけど、みんな本気じゃないのも知ってる。ちょっと顔のいぃヤツと遊んでみ
たいだけだって。
別にそれをオレは悲観しない。
重いのはイヤだし。そんなに求められてもオレは応えられないし。
だからオレも彼女たちの遊びに気楽につきあってる。
「あっほら見てっ、あのコ!キャンディのコ!…名前、何だっけ?」
「あぁー何だっけ?…何か変わった名前じゃなかった?」
中庭の芝生に座ってみんなでくだらない話で盛り上がってた時、アンナちゃん
とデボラちゃんが芝生の向こうを指差して声をあげた。
そこには、中庭から“学園の森”に続く小径を、ひとり歩いてる女のコの姿が
あった。
この前あめ玉をもらったコだ。
「不思議なコだよねぇ。黒髪なんて珍しいよね。…あれ、自毛なのかな?」
「そうじゃない?染めた色には見えないもん。瞳も黒かったし。」
確かにあのコの見た目はこの国じゃ珍しかった。
初めて見た時はオレもびっくりした。
さらさらで艶のある真っ黒の髪を、肩のちょっと上で切り揃えて、黒の瞳をし
た彼女。切れ長の目にはムダに長い睫毛。肌なんて、今まで一度も日に当たった
コトないんじゃないかってくらい白くて、そのせいか唇がイヤに赤く見えた。化
粧は全然してないか、してても殆どしてないくらいの薄化粧だと思う。
どっかの国の人形みたいなヤツだった。とりわけ美人てワケでもなかったけど
、妙に人目をひく感じ。
オレが話しかけても全然興味を示さなかった女。
女にあんなにそっけなくされたのは何年ぶりだったろう。
「そう言えばセンパイ、この前あのコからキャンディもらったんだってね。友ダ
チが見たって言ってた。」
「何かいぃコトあった?」
二人は、遠ざかる彼女からオレの方に目を移して問いかけてきた。
「あー、キミたちがあんま騒いでるからどんなモンかと思って1コもらってみた
けど…何かいぃコトあった貴がするなぁ、言われてみれば。忘れちゃったけど。
」
「1コじゃダメだよぅ。もっと食べなきゃ。」
「そうだよ。あたしの友ダチでこの前100コくらいもらってたコいたんだよ?
」
「…それはちょっと欲張りじゃねぇ?」
「だよねぇ。」
呆れて苦笑したら、彼女たちも同感って風に頷いた。
“食べるといぃコトがあるあめ玉を配ってるコがいる。”
その噂は、いつの頃からか学園中に広まっていて、妙な伝説みたいになってい
た。それ自体は前から知ってたけど、オレは別に興味なかったから気にしてなか
った。
けれど、あまりに周りが熱狂的なもんだから、オレも試しにもらってみたのだ
。
名前も知らないあめ玉のコは、森の奥へと消えて行った。
「あのコはいつもひとりなの?」
隣にいたデボラちゃんに向かって何気なく聞くと、彼女はイミありげにニヤっ
と笑った。
「なぁに?センパイ、あのコ狙う気?」
「いや、そういうんじゃないよ。ただあめ玉もらった時もひとりだったから。」
“違う”って風に手をひらひらさせながらオレが言うと、アンナちゃんが何か
考える風に唸った。
「そう言えば…基本ひとりだよね。…あぁでも、たまに6ねんの“J”の男と歩
いてるの見たコトあるよ。」
「―え、“J”?」
「あ、あたしも見た。あのひと“J”の中でもトップ3に入る超エリートだよね
。結構かわいぃ顔してるって人気あるんだよね。」
「…へぇ。“J”に知り合いがねぇ。」
呟いて誰もいない小径の奥に視線を移した。
ふたりはまだ“J”のエリートくんの話で盛り上がってた。
この学園では、一学年をΑ〜Jまでの10クラスに分けて授業をしてる。一年
毎にクラス替えはあるけど、例外のクラスがある。
それが“J”。
そこは特別クラス。その学年のエリートたちが押し込められてる。
一年時の入試総合点の上位30人が自動的に“J”になる。
“J”は何から何まで特別待遇。
教室は別棟にあるし、寮まで別になってて、授業もオレたち一般とは別メニュ
ーになってる。
まぁ別になってるとは言え、教室も寮も行き来は自由だ。一般の生徒と歩いて
ても、別に不思議じゃない。
ただあのジャケットは一般といるとえらい目立つ。
ココでは学園指定の制服着用がギム付けられてて、何のイミがあるのか知らな
いけど、学年によってネクタイの色まで分けられてる。
で更に、一般と“J”を区別するようにジャケットの色も分けられてる。オレ
たち一般は紺色。“J”は濃い赤。ちょっと怖い色。
なんであんな毒々しい色にしたのか知らないけど、オレはあれを着る身分じゃ
ないのをうれしく思う。
みんなと別れてしばらくしてから、オレは森に足を踏み入れた。
この森に入るのは入学してから初めてだ。特に用もないし、こんな森珍しくも
ないから。殆どの生徒もそうだと思う。こんなトコに出入りしてる人間をオレは
見たコトがない。
中に入ってみて、意外と整備されてるのがわかった。小径はキレイに草が刈り
取られてるし、所々に東屋もある。小川には橋も架かってて、ちょっとした散歩
をするにはいぃのかも知れない。
目を引くようなモンは何もないけど。
しばらく行くと小高い丘みたいなトコがあって、そこの頂上にも東屋があった
。
あめ玉のコはそこにいた。
やっぱりひとり。
何かの本を読んでいた。
「やぁ、久しぶり。」
声をかけると、彼女は気付いて振り返った。メガネをかけてる。
彼女はきょとんとして小首を傾げた。
「―どちらサマ?」
静かにそう言った彼女に、オレはびっくりして苦笑いした。
顔すら覚えられてないとは。
「…この前あめ玉もらった者なんだけど。覚えてない?」
「うん覚えてない。毎日何人も声かけてくるから、いちいち覚えてらんない。」
彼女は即答して、本に視線を戻した。
清々しいほどそっけない。
それは衝撃的な久々の経験。目が覚めるような感覚。
世の中はやっぱり広い。こういう女もたくさんいるんだ。
わかってたつもりだったけど、どっかで自惚れてた。
おかしくなって笑いが込み上げてきた。
「あんたおもしろいな。すげぇいぃ。」
オレは言って彼女の隣に座った。
“何の用だ”と言わんばかりの顔。
そんな顔されたのも久々だ。遠い昔をふと思い出す。
「目、悪いの?」
「―うん。0.1ないらしい。」
「じゃあ、この前オレがあめ玉もらった時もオレの顔見えてなかったんじゃん。
」
彼女は頷いて“だから何?”って感じに首を捻った。
「顔が見えなくてもあめ玉はあげられるでしょ?」
「そうだけど…何かショックだな。冷たすぎ。」
オレがぼやくと、彼女は小さく笑って読んでた本を閉じた。
「で、何の用?」
本とメガネをバッグにしまって彼女は言った。
涼しい風が吹き抜けて、彼女のさらさらな髪を揺らしてく。こうして見ると、
ますます人形みたいだ。と言うよりロボットみたいだ。表情の乏しいその顔も、
ムダな動きのないその仕草も。
「あめ玉ちょうだい。…1コ。」
「…1コでいぃの?」
「1コでいぃの。」
敢えてあの時と同じように言ってみた。
彼女はバッグの中を漁りながら、何かを思い出したように笑った。
「こういうやりとり前にもあった。…あれ、もしかしてあなた?」
あめ玉の包みを手渡して彼女が僅かに微笑んだ。
それを受け取って、オレはどこかホっとしたように頷いた。
「そうだよ。」
「あーそう。…1コだけって最近じゃ珍しいから覚えてた。―はい、何か書いて
。」
分厚いノートを差し出されてオレは受け取った。あれから更にページが埋めら
れてる。
そこにオレも書き込んで、勝手に閉じたノートを返した。
「―これ、イチゴ味だったぞ。」
「へぇ、そうなの。」
「今度誰かに聞かれたらちゃんと答えろよ。」
「そうだね、そうする。」
彼女は適当な相槌を打って立ち上がった。帰る気満々だ。
この前もさっさといなくなったっけ。
「なぁ、これ食うといぃコトあるってホントなの?」
彼女はオレを見下ろして困った顔で苦笑いした。
「知らない。あなた食べたんでしょ?あなたの方がわかるんじゃないの?あたし
は食べたコトないからわかんないよ。」
「いや、確かに何かいぃコトあった気もするけど…それがこれ食ったせいかはわ
かんないじゃん。」
「じゃあ偶然なんじゃない?あたしは何にも知らないよ。―それじゃあね。まい
どあり。」
面倒そうに答えて彼女はすたすたと歩きだした。
慌ててオレも立ち上がり彼女を追いかける。
「なぁっ、あんた名前は?」
隣に並んで歩きながら尋ねてみる。
並んでみると意外に背が高い。オレよりは全然低いけど。
「教える必要ある?」
彼女は鼻で笑ってオレの方をちらっと見やった。
「教えてよ。オレはツグミ。―ほら、またあめ玉もらう時に名前知ってた方が探
しやすいだろ?」
「知らなくても探せるでしょ?あたしの髪目立つもの。」
「―っじゃあ、部屋番号教えてよ。2年だから2階?オレは524。」
食い下がったオレに、彼女はうざったそうに眉をしかめた。
何でこんな必死になってんのかオレにもわかんない。
「…あたし訪問販売とかやってないんだけど。」
「なぁ教えてくれたっていぃだろ名前くらい。…オレだって名乗ったし。」
彼女は冷たく笑って、視線を前に戻した。
「教えてあげない。知りたかったら自分で調べれば?…それにせっかく名乗って
くれたのに悪いんだけど、あたしひとの名前とか顔覚えるの苦手なの。今度会っ
た時覚えてなくても気を悪くしないでね。じゃあね。」
そう言うと、彼女はさっさと出口へ向かって歩いて行った。
オレはそれを呆然と見送った。この前と同じように。
「―ホント、そっけねぇ。」
苦笑してあめ玉を口に放り込んだ。イチゴ味が心なしかすっぱく感じた。
こうなったら何としても仲良くなってやる。
ワケのわからない意地みたいなモンに火が点いた。
【0004】
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