第2話
今日の授業が全て終わって、あたしは自分の部屋に戻った。
ココは、この国で唯一の孤児を専門に受け入れてる全寮制の学校。あたしはコ
コの高校課程の2年生。
入学資格は、15才以上の引き取り手のない孤児であるコト。と言っても、孤
児なら誰でも入れるワケじゃなく、入学定員は300人と決められていて、試験
もそれなりのモノが行なわれてる。
それをクリアできた人間だけが入れる、限られた孤児たちの為の学校だ。
たとえ無事入れても、成績が悪いとクビになる。ココでは留年はありえない。
それでもあたしたち孤児は、ココに入学するコトを強く望む。それは、ココを
出れば必ずそれなりに安定した収入をもらえる仕事に就けるから。
あたしたちみたいな、親も住むトコも金もないような孤児でも、ココを卒業し
たって肩書きがあるだけで、扱いが全然違うモノになるから。
だからあたしたちは必死に勉強する。クビになったら何のイミもない。
ココに入れなかったひとや、クビになったひとが、今どんな生活をしてるかな
んてあたしは知らない。考えたくもない。
部屋に入って、とりあえずベッドに転がった。
寮は全員個室で、必要なモノは全部ある。食事は食堂に行けば取れるし、部屋
には冷暖房、バス、トイレ、それにパソコンもある。ジュースくらいは冷やせる
小さい冷蔵庫もあって、ちょっとしたホテルみたい。
ホントいたれりつくせり。
一応男女別の棟にあるけど、出入りは自由。部屋も一応学年別にフロアが決ま
ってるけど、これも行き来は自由で殆どどこで寝てても構わない。ココは校則も
寮則もないに等しい。
寝転がってぼーっとしてたら瞼が重くなってきた。
このまま寝てしまおうかどうしようか迷ってたら、
「おや、帰ってたんですか。」
って声で目が覚めた。
冷蔵庫の上から、ピョンと飛び降りたアマリさんがお辞儀する。
「おかえりなさい。」
「ただいま、アマリさん。」
「…何度聞いてもその呼び名はしっくりこないんですがねぇ。カルラさんはネー
ミングセンスというモノが欠落してますねぇ。」
溜息を吐いて、アマリさんはいつものグチを零した。
あたしはそれをいつものように笑って聞き流す。
「今日はどうでした?」
問い掛けながら彼はベッドの上にピョンと飛び乗り、あたしの目の前に丸まっ
た。
「うん、いつも通り退屈な授業だったよ。」
「…そんなコト聞いてないですって。」
呆れた顔であたしを見て、アマリさんはまた溜息を吐いた。
「キャンディですよ。キャンディ。どれくらい配れました?」
「あー、忘れてた。」
ベッドから起き上がって、置きっぱなしにしてたバッグからあめ玉の入った袋
を取り出した。中には10コくらい残ってる。
「んーと…300弱ってトコかな。」
「ほぉ。今日はまた随分と好評だったんですね。」
アマリさんは感心したような声を出して手を叩いた。
叩いても音は出ないけど。
彼のホントの名前はアマリリス。“彼”って言ってるけど、実は性別がない。
見た目は大きなウサギっぽい。耳が長くて目も紅い。なのに、体の色が水色で二
足歩行する。やたらに長い尻尾もある。
ひとの言葉も話すし、ひとの食べるモノも大すき。特にすきなのは、甘いモノ
。チョコレートアイスがお気に入り。
謎の生命体だ。
今だにあたしは彼が何なのか理解できてない。
「なんかね、ひとりで50コとか100コとか欲しいっていうひとが何人かいて
。だから人数で考えたらそんなでもないんだ。」
「ほぉ。随分欲張りな人間もいるんですねぇ。ホントにひとりで食べるつもりな
んでしょうか?」
「うん。だからちゃんと言っといたよ。全部ひとりで食べてねって。」
「なら大丈夫でしょうね。」
満足そうに頷くアマリさんを眺めて、あたしは小首を傾げた。
「ねぇ、何が大丈夫なの?誰かにあげたらどうなるの?あたし知らないんだけど
。」
「さぁ、何でしょう?ヒミツです。」
彼は言って微笑んだ。
あたしはほっぺをむぅっと膨らませて彼を睨む。
「もう。ずるいなぁ。いつになったら教えてくれるの?もうすぐ一年経つよ?あ
たし殆ど何も知らないままなんだけど。」
恨めしげな視線を送る。彼は微笑むだけで何も言わない。
なんだかなぁ。
「あぁ〜…ただ言われるままに配ってるけどさぁ、そのうち何か悪いコト起こり
そうで怖いなぁ。」
「そんなに心配する必要ありませんよ。」
「…ホントに?」
「多分。」
アマリさんはいたずらっぽい瞳でにっこり笑った。
あたしはがっかりして、枕に顔を埋める。
「…全然説得力ないじゃん。…もう、今日だってさぁ何か色々聞いてきたひとが
いてさ。あたし答えに困っちゃったんだよ?何かマニュアル作ってよぅ。」
あたしの言葉にアマリさんは耳をピクっと動かした。
「他のひとにしゃべっちゃダメですよ?わたしのコトも。」
あたしは苦笑いして手をひらひら振った。
そんなコトできるワケない。
「話したくても話せないじゃん。何にも知らないんだから。しかもアマリさんの
コトなんて話しても誰も信じてくれないだろうし。」
「まぁ、わたしの姿は他のひとにはただのぬいぐるみにしか見えませんからね。
…ただ気を付けないとならないのは、世の中にはカンの鋭いひともいるってコト
です。」
「…カン?」
「そうです。目に見えないモノを見たり、声を聞いたりできるひとです。そうい
うひとにはわたしの存在はバレてしまいますから。」
いつになくまじめな顔でアマリさんが言う。
それっていわゆる霊感とかいうモンだろうか。何だかちょっと怖い。背筋がち
ょっとだけ冷えた。
「…もし…バレたらどうなるの?アマリさんとか、あめ玉のコト…誰かに話しち
ゃったらどうなるの?」
怖くて自然と声が震える。
だけど確認せずにはいられない。いつか起こるかも知れないのだから。
「―さぁ。ヒミツです。」
「はぁっ?」
ひとが真剣に聞いてるってのに、いつもの顔でアマリさんは笑う。
それを見てあたしは諦めた。溜息をひとつ吐いてあめ玉の袋に目を向ける。
「あ〜ぁ、ヒミツばっかりだもんなぁ。…あの時おじさんから受け取らなきゃよ
かった。」
ぼやいてアマリさんをちらっと見ると、やっぱり彼は何も言わずに涼しい顔で
笑ってた。
それは、およそ1年前の出来事。
あたしは夏休みを利用して居酒屋でバイトしてた。自転車で30分くらいかか
る隣町の店。
ある日、いつものように接客してると声をかけられた。
「キミ、ちょっと。」
声をかけてきたのは、40〜50代くらいのくたびれたおじさん。
特徴のない顔だった。元々ひとの名前や顔を覚えるのが苦手なあたしは、今で
はもうおじさんの顔を殆ど思い出せない。
おじさんは連れもなく一人でボックス席を陣取ってた。テーブルには空になっ
たグラス以外何もなくて、もう帰りそうな感じだった。
“会計かな”って思いながら近づいたあたしに、そのおじさんは脇に置いてた
大きな袋から耳の長い妙なぬいぐるみを出して見せた。
何が何だか理解できないあたしは、おじさんとぬいぐるみを交互に見やって怪
訝な顔をした。
それを見ておじさんは愉快そうに笑って、
「これ、どう思う?」
って唐突に聞いてきた。
【0002】
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