第1話
「あめ玉ちょうだい。」
その言葉に反応して、そいつは振り返った。
昼休みの、ひとも疎らな講義室。
「―何コ?」
ひとり席に座って、まだ後片付けをしてたそいつは、事務的なそっけない口調
でそう言った。
「1コ。」
「…1コでいぃの?」
オレの答えに少し驚いた風に、そいつは聞き返した。
「1コでいぃの。」
笑って頷くと、そいつは興味のなさそうな“へぇ”って感じの顔で、脇に置い
てあったバッグの中を漁り始めた。
それを眺めてたら、ふと思い出して尋ねてみる。
「それ、何かクスリ入ってんの?」
「入ってないよ。そんなの入れてたらあたし捕まっちゃうじゃない。」
そいつは鼻で笑って、あめ玉の包みを1つオレに手渡した。
どっからどう見ても、それはどこにでもありそうな普通のあめ玉だった。
「この国の法律じゃ、それくらいのコトで捕まんないだろ。」
「そうだね。でもこれには入ってないよ。普通のあめ玉だもの。」
「ふーん。…で、何味なのこれ?」
「……レモン系?食べてみたらわかるよ。」
少しだけ考えて、それからそいつは笑ってそう答えた。
ひどく機械的な笑顔。その笑みも口調も、全てが営業用なのは一目でわかる。
オレは知らず苦笑していた。
「何だよ食ったコトねぇのかよ?ならクスリ入ってるかどうかなんてわかんねぇ
じゃん。」
そいつはただ笑うだけで何も答えなかった。
オレも何となくそれ以上のコトは聞かなかった。
「あー、で、いくら?」
「お金はいらない。」
「え、タダなの?」
「ん〜、タダってワケでもないんだけど…」
そう言うと、おもむろにオレの前にやたら分厚いノートを差し出した。
茶色い、革の表紙が付いた見た目は普通のノート。
「これに何か書いて。」
「――何かって何?」
イミがわからずにそいつを見つめると、そいつはちょっと困った顔で答えた。
「何でもいぃ。すきな言葉でも、自分の名前でも。簡単に“あ”でもいぃし、願
いゴトでもいぃよ。」
言われてノートを開くと、中には色んな色の文字が詰まっていた。
あめ玉をもらった人間の言葉。絵を描いてるヤツもいれば、何かくだらない願
いゴトを書いてるヤツもいるし、ホントに“あ”って一言だけ書いてるヤツもい
る。
1ページの中に余白がなくなる程、色んな人間の文字や絵がちらばっていた。
そうやって埋められたページが50ページくらいあるだろうか。
あとは真っ白。まだまだこのノートを全て埋め尽くすには余裕がある。
しばらくオレは考えて、文字の書いてある最後のページの空白を埋めた。
それとほぼ同時に、ノートが勝手に閉じた気がした。
「書いたよ。」
「うん、ありがと。」
ノートを受け取ると、そいつはてきぱきとバッグに押し込んだ。呆気にとられ
てオレは不満を口にした。
「何だよ見ないのかよ?せっかく書いたのに。」
「――あたしは見れないから。」
少しの沈黙のあと、そいつは呟いて何とも言えない顔で笑った。
ワケのわからないオレは、首を捻ってそれを見やる。
「それじゃ書いても書かなくても同じじゃねぇ?」
「そんなコトないよ。これは書かないと閉じられないから。」
「―はぁ?…イミわかんないんですけど。」
「わかんなくていぃよ。」
そいつは笑って立ち上がると、
「じゃあね、まいどあり。」
そう言って、さっさと講義室から出てってしまった。
呆然と見送って、握ってたあめ玉に目を落とす。
包みを開けてみてもやっぱり普通のあめ玉だ。
黄色い半透明のそれを、少し眺めてから口に放り込んだ。
「……イチゴ味じゃねぇか。」
もう見えなくなった背中に向かって呟いた。
それが
オレたちの初めての出会い
【0001】
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