警察署では、泣きじゃくる、撫子の母が待っていた。秀を抱きしめ「良かった、良かった」と、号泣している。
背広姿の父もいた。さし伸べる腕には、撫子が秀を探しに行く時に、肩へかけて家を出た、ピーチ・バックが下げられている。
「君たちが、秀を探しに夜の洞窟へ入ってしまったと、クリスティンちゃんがこのバックを持って、派出所まで駆け込んでくれたんだ」
テンちゃんの、いつになく取り乱したさまが、撫子の目に浮かぶ。
「早く助けてやって、と、何度も叫んでいたらしい。クリスティンちゃんは、親身になってくれる、良い友達なんだね。朝になったら、お礼を言うんだよ」
父が、母の用意してきた着替えの入った袋を携え、秀の背中を抱えて別室へと連れてゆく。父と入れ代わって、撫子の着替えを持って近づく母の表情は、どことなく遠慮がちであった。
(きっと私のお母さんを見ている目が、夕方に家を出た時と変わらない、冷たい視線のままだからだ)
タクの姉を死へと追いつめた差別の心と、同じ心を、母が持っている限り。撫子は、母親を軽蔑するよりほか無くなるのだ。
タクの両親が、泣き腫らした顔で、揃って撫子たちへと会釈する。一礼した頭を、タクの父親が上げた。タクの父は急に、さも驚いた声色で、撫子の母の名前を呼んだ。
「みっちゃん! 美津子さんじゃないですか? 僕は、年をとって随分と面変わりしましたが、子供の時分に二軒隣へ住んでいて、よく一緒に遊んだ、矢崎ですよ。ああ、みっちゃんと、こんな場所で会おうとは……」
絶句するタクの父を見つめる撫子の母の顔面から、みるみる血の気が引いて、蒼白な色となる。
「すみません、人違いですわ。わたくし……お宅様を存じ上げませんので」
慇懃無礼に立ち去ろうとする母を、咎めるように撫子は言った。
「お母さんの名前は、美津子でしょ。おばあちゃん達からも、みっちゃんって呼ばれているじゃない」
「いいから、早く着替えに行きますよ。冷え過ぎて肺炎にでもなったら大変でしょう」
母のこんな態度は、もしかして、タクの家がブルーだからかと、撫子の思いが至る。
(ブルーの人たちとは、少しでも、関わりを持ちたくないの? だったら、絶対に許せない)
「失礼じゃない! タクくんは、命がけで、秀や私を助けてくれたのに。なんでタクくんのおじさんや、おばさんに、ちゃんとお礼を言ってくれないの。その上、幼なじみのおじさんに対して、知らない人の振りまでして。私、お母さんが、恥ずかしいよ」
母を責める撫子を、タクが止めた。
「撫子。そんなのどうでもいいから、早く着替えに行っちまえよ! 」
母には見えないような位置から撫子へと、片目をつぶって首をふるタク。
タクの母親も、イミシンな様子で、父親のシャツの袖を引いて、暗い瞳の目配せをする。父親が、心得たふうに、タクの母親に相槌を返す。
姿勢を改めたタクの父は、再度、撫子の母へと目礼した。
「申し訳ありません。良く似た人と、間違えてしまったようです」
動転した撫子が、思わずタクの父の腕へ取りすがった。
「そんな! おじさんは間違えていません。母は、美津子っていいます。おじさんの、子供の頃の家って、ドコなんですか? 私の母は……」
「止めろ! 撫子」
座っていたタクが、椅子を蹴って立ち上がり、撫子の追求を制止する。
「こらっタク、止さないか。あ……ああ、ナデシコちゃん……だったね。ごめん、ごめん。こんな時だから、おじさんも精神的に疲れていて、勘違いをしてしまっただけなのだよ」
タクと、タクの父と母。そして、撫子の母。四人に囲まれて、撫子だけが、物の分からない幼児へと退化してしまった感覚に陥る。
「撫子、お母さんは秀の様子を見てきますから、あなたは自分で着替えてなさい」
Tシャツとスカートの入った紙袋を、怒ったように撫子へ押し付け、撫子の母は、父と秀のいる部屋へと入っていった。
「ちょっと、タクくん! 私ってバカなの? ウチのお母さんの、アノ態度の理由が、タクくんに分かるのなら、バカな私に教えてちょうだいよ」
タクが、グッと重いため息をつく。
【0040】
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