すかさずタクが、自分の上体で、撫子を覆うように庇いながら、飛び交う鳥が行ってしまうまでを、やり過ごす。

「コウモリだよ。大丈夫。そんな、怯えなきゃいけないような獣じゃないさ」

「……うん、驚いちゃっただけだから。気にしないで」

 実際、タクに身を挺して庇われたせいで、顔がのぼせたようにほてってしまい、怖いどころではなくなっていた。握られたままの手の平も、熱っぽい。 コンビニで変わった出会い方をしたために、他の男の子には無い、タクの憂えた表情を見てしまい、興味がわいた。それが今日、昼間にプールで再会した時には、率直にものを言う明るさも持ち合わせていると知り、ますます好意を募らせた。

そして今。

現実感の薄れる闇に二人きりで包まれる中で、撫子ははっきりと、タクへの恋心を実感した。

「だけど、もう……戻ろう」

 タクの吐く、弱音は意外で、撫子は自分のせいだと慌てた。

「私のなら平気よ。ウソじゃないから……」

「いいや、そうじゃないんだ。紐が、命綱の代わりにしていた荷造り紐の長さが、限界なんだ」

 見れば、タクの言うとおりだった。

 腕に巻きつけて垂らしながら歩いていた、薄いビニール製の紐は、何巻きか繋ぎ合わせていたのだけれど、すべて無くなっていた。最後の紐が、限度いっぱいに、ピンと張っている。

 これ以上進めばどうなるか、撫子にも簡単に予測がつく。タクは、撫子の命も心配してくれているのだ。

「残念だけど……戻ろう」

 悔しさを吐き出すように、言うタク。

 にわかにハッと瞼を瞬いた撫子は、呼吸を止め、意識を耳へと集中した。

タクの声とかぶさって、近くで何か、別の音が……。くねる洞窟の壁を、はね返るようにして聞こえたのだ。

「俺が、初めからテンちゃんの意見にしたがっていれば、良かったんだよな。悪かった。ここまで来て見つからないのだから、早く戻って、大人を呼ぼう」

 けれど背を丸め、黒い水面を見つめる撫子は、放心したようにじっと動かない。

「撫子……さぁ、行こう」

けれど撫子は、タクの引く腕に逆らって、川底に膝をつき、懐中電灯の薄い光の反射する水へと見入る。

「どうしたんだ、撫子! さぁ」

 とうとう怒鳴るような声を立てるタクへ向かい、撫子は、ゆっくりと顔を見上げた。

「タクくん、私、もどれない。だって、今……秀の声がしたの」

「なんだって! 」

 撫子の言葉を受けて、タクも耳を澄ませる。

「俺には……きこえない」

「いいえ。かすかに、だけど……これは秀の声。右、右よ! 水の流れが不規則な方角は、右の道だわ! 絶対、秀は右にいる。タクくん、行こう! 」

 すがるような眼ざしで、撫子に間近で見つめられ、タクは息を詰めて、深くうなずく。

 タクは腕に結んだビニールの荷造り紐を解いて、命の綱ともいえる、その紐先を川面へと捨てた。

「わかった。じゃあ、行こう」

 心を一つにした二人は、バシャバシャと派手に水を跳ねさせながら、撫子の誘導する右の方へと走った。

「確かにそうだ。撫子の言ったとおりだ。秀くんの声がする」

 道は、だんだん細くなる。

もっと奥へ。そう、もうすぐだ。

 水の深度が胸元にまで浸るに至った時、  二人は細い筒のような道を抜け出した。



【0035】

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