「一人じゃないわ! テンちゃんに、秀を探すのを、手伝ってもらう。だから、お母さんは、警察に電話しててよ」
「そんな、だめよ! あんな家の……クリスティンちゃんなんかに……」
撫子の中で、残っていた母への思慕が急激に覚める。代わりに湧き上がる、怒りの感情。撫子は母の肩を、強くわしづかんだ。
「なんかって、ナニ? 少なくともテンちゃんには、私よりも劣るところは何も無いわよ。ううん、知ってるわ。ずっと分かっていた……日本って、そんなにアジアの中で偉いの? テンちゃんがアメリカ人とのハーフだったら、お母さんは、正反対の見方をしていたのでしょうね。それとも、テンちゃんのお母さんが夜のお仕事だから?
でも、それが何なの。きちんとテンちゃんのために、一生懸命に働いているのじゃないの! お母さんのそういう感覚って、どんな基準で決まっているのよ。日本よりも経済が豊かな国か、貧しい国か。それとも自分の家が、そんなに立派だと思っているの? 答えてよ! 」
「……あんたは、まだ子供だから。わからないのよ」
声がか細いのは、秀を探し回って疲れているせいと、わが娘から、言葉と力で歯向かわれているショックだろう。こんな時にと、撫子も思うが、止められない。これまで聞き流してきたテンちゃんと、テンちゃんのおばさんへの悪口全部が、耳に蘇ってこだまする。反論を試みても「子供だから」なんて、ありきたりな文句でごまかそうとする母が、許せない。
「大人だって、お母さんだって、分かっちゃいないくせして。自分がどうして差別をするのか、なんて、本当は分からないんでしょう」
「そうは言っても、撫子! どんな物事にも歴史というものがあって……」
「理屈なんて聞きたくない。お母さん、どうして、くだらない歴史を受け継ごうとするのよ! 」
(母親の肩を押えつけて罵倒する私は、きっと最低最悪の子だ。親に勝っても苦しいだけ。本当は、尊敬していたいのに)
なぜ母は、こちらが軽蔑しなければならないような文句ばかりを、口走るのか。
「撫子、今は秀を……」
こうしている間にも、青暗い夜が、スピードを上げて、辺りを覆っていく。
「……テンちゃんと、探しに行くから。必ず見つける。だからお母さんは、待っていて」
脱力してうなだれた母を置き、リビングの入り口へ放り出したままであったビーチ・バックを手に取る。濡れた水着をひっぱり出して、軽くなったパックを肩に下げ、玄関を飛び出した。
「テンちゃん、テンちゃん、早く出てきて」
左手で呼び鈴を鳴らしながら、右手で何度もノックする。ベニヤ板のドアを叩けば、うるさいくらいに、音が響く。
「アラアラ、ナデシコちゃん。どうしたの」
出勤前のおばさんは、濃い化粧と、きらびやかなスーツの身支度をすませていた。テンちゃんとの夕飯を済ませて、今から仕事へと向かうという気ぜわしい時間帯なのに、おばさんは元来のおっとりとした雰囲気を崩さない。
【0030】
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