「姉貴はさ、去年の梅雨の終わりごろに、失踪してしまったんだ。

短大をかなりいい成績で出て、就職活動をしていたんだけど……希望していた六つの会社全部から、断りの通知が届いた矢先に、いなくなった。近所の子供が見ていたんだ。

白いワンピースを着た姉貴が、洞窟の奥へ、奥へと入ってしまって、何時間経っても戻って来なかったのを。

その後、洞窟を探検する技術を持つ方たちに来てもらって、捜索可能な地点まで探してもらったんだけれど。ついには姉は発見されずじまいで、捜索は打ち切りとなったんだ」

 あそこは狭い洞窟で、どこまで歩けば行き止まりなのか……まだ誰も到達した事が無いって、そう母から聞いた覚えがある。

「つまり、洞窟脇の女幽霊のモデルは、俺の姉貴なんだ。あれから一年と五ヶ月が経つ。いまだにウチの食卓には、メシもオカズも、必ず一膳余分に並べるんだ。誰もが諦めているのに、おやじとおふくろは、いつか必ず姉貴は帰ると信じて、待っているんだ」

「タクくんは、どうなの」

「えっ」

 問いかけの意味が分からないという風に、タクがきょとんと、こちらを見る。

「タクくんは、お姉さんが生きているって、信じているの? 」

「ああ……いいや、たぶん、もう……あんなに淋しがりやだった姉貴が、どこかで一人で暮らしているとは……到底考えられない」

「一人じゃないのかも。私たちより九つも上っていったら、二十一歳でしょう。お父さんや、お母さんの知らない、恋人がいたのかも。その人と、二人で暮らしているのかも」

 うつむいたままのタクが、大きく頭を横に振った。



「結婚を約束した男もいたんだ。だけど、そいつの親から反対されて。そいつも男のクセして、親のいいなりになるような奴だったんだ。姉貴は、男を見る目がなかったんだな。俺や、おやじみたいな、味のある奴を探せば良かったのに。そうしたら、幸せになれたのに。結局そいつから、親には逆らえないからって言われて、一方的にフラレたんだ。姉貴が姿を消す、直前の出来事だ……」

 聞いている内に、撫子は、腹の底からむかむかした。

「ひどい! なんて奴なの。女の人の純粋な気持ちを踏みにじるなんて! もおっ私、あったまにくる。そんなヘナチョコ男、結婚詐欺で訴えてやればいいのよ」

 額から憤怒の湯気が立ち上りそうな程に、顔を真っ赤にして撫子は怒った。「訴えてやれば」と言う時には、握った拳を空へ向けて、力まかせにパンチを繰り出しながら言ってやった。

 突如タクが、お腹を押さえて、体を前かがみに折った。

「ハ、ハーハ、ハハハハハッ。撫子はぁ、初めて会った時から変わった子だと思っていたけど……ヒヒ、やっぱりヘンな女の子だなぁ……フハハ」

今までの、緊迫したムードが一転した。特別に笑わせようとは思ってはいなかった撫子は、「ヘン」の一言へ、むきになって反論した。

「どこがヘンなのよ。私は、どっこもヘンじゃないわよ。当たり前に怒って、それを、当たり前に、体で表現しているだけよ」

 ひとしきり笑い終えると、タクは、にじむ涙を両手でぬぐう。まだおかしくて仕方がないのか、横にきつく結んだ唇が、小刻みに震えている。

「フンッ、だ! 」

 怒りの矛先をタクへと変えて、撫子は腕組みをしながら、ぷんっと、頬をふくらませながら、ノシノシと歩いた。



【0025】

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