次の日の朝も、撫子の宿題ドリルはランドセルに入ったまま。

母の「夏休みの宿題をしてから行くのよ」の言葉には、生返事でうなずき、ぱくんと目玉焼きの黄身からかじり付く。



「クリスティンちゃんのお母さんったら、スーパーのレジ打ちを辞めて、また夜のお仕事にもどったんですって」

 牛乳をつぎ足してくれるのはありがたいけれど、友達の親の悪口にはムッとする。でも、テンちゃんのおばさんを、もうかばったりはしない。

四年前の、私たちが小学校二年生の頃、テンちゃんの家が引っ越してきた時からの、年季の入った悪口なのだし。



私とテンちゃんが同じクラスになって、すぐにお友達になれて間もなくに、テンちゃんのお父さんは帰らなくなって……そして、それきり。テンちゃんはお父さんと会えなくなった。

 体の小さな、年とったおじさんだった。 

 あの頃はよく、窓を閉めた向かいの部屋のから、テンちゃんたち親子のすすり泣く声が、もれ聞こえて来てたっけ。

「やっぱりねぇ。あのお母さんだもの。クリスティンちゃんのお父さんとも、どんな所で知り合ったのか分からないわ」

 洗濯物を部屋へ全部入れてしまってから、母が言った。

二年生だった私は、うろ覚えの九九の表を何度も眺め回していた。次の日の朝、先生の前で暗唱しなければならなくて。なのに思いがけなく母の陰険さに触れ、胸がはっとしてしまう。

私の意識は九九の表から、完全に、隣のアパートへと飛んだ。

 驚きはさらに続く。

「撫子は、クリスティンちゃんとは、あまり遊ばない方がいいのかもしれないわね」

 秀才なのに、気取りなくバカをやれるテンちゃんは、すでに私にとって、お気に入りの友達。こればかりは、たとえ大好きなお母さんでも、言い返さないわけにはいかない。

「どうして? いつもお母さんは、誰とでも仲良くするのよって、言ってるじゃない」

母は即座に切り返した。

「でもね。あんな家の子と遊んでいると、撫子ちゃんまで、同じに見られてしまうわよ。それでもいいの? 」

「それでもって……」

言葉に詰まった。



【0006】

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