撫子(なでしこ)は、額に流れる汗の感触で、目が覚めた。ベッドへ寝っ転がったまま、腕だけ伸ばして出窓のカフェ・カーテンを開く。

 朝っぱらから元気一杯なお日さまに恵まれた、夏休みの初日。小学六年生の撫子は、隣のアパートに住む同級生のテンちゃんを、学校プールへ誘おうと決めた。寝ぼけ瞼をこすりながら、細身の体を勢いつけて起こし、サッシも開ける。

「テンちゃん、起きてる? 」



 テンちゃんが住むのは、テラス・ハウス型の木造アパート。二階建ての細長い家が、五棟くっついて並んでいる。そのちょうど中央がテンちゃんの家で、二階がテンちゃんの子供部屋。

 一軒家の二階にある、私の部屋と真向かいなのだ。おかげで彼女と私は、いつもツゥーツゥーの仲でいられる。開け放した窓辺で、顔を見ながら電話もできちゃう。

「撫子ってば、起きるの遅い。宿題しながら待ってたんだぞ。こっちは夏休みのドリル、七月分まで終わらせちゃったよ」

 エキゾチックな眉を、きりりと上げて笑うテンちゃんは、クラスでの、男子の人気ダントツ一位。他に算数の成績や、運動神経も抜群なのだ。その上、一学期の身体測定の日には、胸の大きさまでが一等賞と判明。けれどテンちゃんは、全くエバらない。 

 妬ましいけど、自慢な親友。

 壁掛け鏡に嵌めこまれてあるデジタル時計で、現在時刻を確かめる。ついでに掠め見た、自分の顔。ベリー・ショートの髪を指で梳きながら、自己診断。

(真ん丸な瞳。まあまあ、キュートな部類に入るのでは? )

 撫子は開け放した出窓へ座り、リモコンで、クーラーのスイッチを入れた。

「九時半じゃん。私よりも夜更かししてたクセに、なんでそんなに早いのよぉ。宿題なんて、まだやらなくていいってば。それよりプール、プール行こうよ」

「OK、撫子。髪を梳いて、玄関の花瓶の水を替えたら、すぐ出るわ。家の前で待ってるから」

 テンちゃんは、元はティンちゃんだった。

 クリスティンのティン。

 撫子が小学校二年生の初めの頃に、隣のアパートへ引っ越して来たのだ。次の日には、撫子のクラスへも、転校生としてやって来た。

 アジア系外国人の母と、今はどこにいるのか分からない、日本人の父とのハーフの女の子。

 大半の子がそうであるように、撫子の親は、どちらも生粋の日本人。ハーフやクォーターである事に憧れを持つ、撫子は思う。

(だからかな。テンちゃんが私より、五割増しも美人なのは)

 突然に、ぎいっと部屋の扉が開いた。



【0001】

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