「いいえ、もう一人の家族です」


「お父さん……なの? 」
「はい……そうです」


 気の毒そうな目つきは不愉快だが、誤解は解けて、
看護婦は母の居る処置室へと入っていった。


 残された藍子は沖への心配がむしょうに止まらず、
入院患者の部屋の前を、一つ一つ回ろうと決める。


 病院の者に気づかれぬよう、
夜に音の響くエレベーターは避けた。


靴を手に持ち、延々と階段を上がり、
まずは最上の七階から探す。


ナース室の窓の下を潜り抜け、夜間のため落とされた照明の中、
そろりと病室の名札を確かめる。


 運良く、この七階フロアを突き当たった個室に、
沖の名前があった。静まり返った辺りに注意しながら、
開き戸の扉を、ぎりぎり通れる分だけ開く。


仄暗い室内へ、身をすべらせて忍び込む。
 ベッドからは、苦しそうな息づかい。


包帯を巻かれた手首、手の平。点滴の管。
「沖くん……こんな、どうしちゃったの 」


藍子の独り言に、沖の口元が微かな反応を示す。
耳を寄せて、読み取れた語は「あ、い、こ」。


「いるよ、ここだよ。太田藍子は、ここにいるんだから」
 藍子は夜っぴて、沖の傍らに添うた。
時折、点滴を取り替えに来る看護婦の、
ぺたぺたとしたサンダルの足音に用心しながら。


 看護婦が訪れるのが聞こえたら、ベッドの下へ、
ササッと潜ってやり過ごす。埃臭い、
リノリウムの地べたが頬にひんやりとして、
のぼせた気分を落ち着かせる。


 薄いカーテンが白々し始めた頃、沖が突然に目覚めた。
「藍子。何だって俺、ここで寝てんの? 」


 どんな非常時にいても、沖くんはユーモラスだと、
藍子は安堵で苦笑する。こっちこそ、それを聞くために、
この病室に忍び込んだのだ。


 怪我をして、救急車で運ばれた母。
付いて来た私。横たわって運ばれる沖と、
遭遇した驚き。昨夜からの騒動の顛末を、かいつまんで話す。




【0055】

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