コートの袖をたぐって腕時計を見た。
六時半を回った所。
夏希。その名の通り、
澄んだ夏空のようにカラリと無邪気に笑う。
あの表情をまだ失わずにいてくれるといいのだけれど。
もしや、もう……。懸念から、自らが受けた蹂躙の感触が蘇り、肌が粟立つ。
バスに乗る。ふだんの停留所をやり過ごし、次で下車した。
夜道を小走りに、目指すのはテラス・ハウス造りのマンション。
右端に住む、夏希の家の呼び鈴を鳴らす。
「おばさん。わたし今日は、夏希ちゃんと喧嘩しちゃって、
仲直りしたいんです。遅い時間にすみませんが、上がらせて貰えませんか」
「あらあら」
ひょろりと背の高い夏希のおばさんは、
気さくな調子で、藍子をさっさと階段上の子供部屋へと通してくれた。
「夏っちゃん。起きているんでしょう。
この子ってたら、今日は晩御飯もろくに食べず、お布団に潜ったまんまで。
藍子ちゃんと揉めてたんだね。ほら、仲直りしたいって来てくれたよ。
夏っちゃんも意地張らないで、出ておいで」
おばさんが上布団を剥ぐと、目を腫らした夏希が毛布から顔を覗かせる。
おばさんは、優しい手つきで夏希の頭をぽんぽんと軽くはたいてから、
下のリビングへと下りてった。
藍子を見上げる夏希は、目には涙を溜め、
唇を真一文字に結んでいる。まだ怒っているのだろう。
藍子は自ら鼓舞し、沈黙を破る口火を切った。
「私ね、夏希のためなら絶対に打ち明けておかなきゃならないのに、
秘密にしていた事があるの。
クラスの中にイジメや無視があるわけでもないのに、
私、学校へ来れなくなっちゃった。それって、夏休みが明けてからだよね」
つい、説明が回りくどくなってしまう。
核心である倉本の正体を、どう話せば分かってもらえるのか、迷いあぐねる。
「藍子に……倉本先輩は何をしたの? 」
上体を起こしたパジャマ姿の夏希が、問い返した。
それを聞いて藍子は、遅かったのかと失意に震える。
せめて、自分の受難が夏希の慰めになれば。そう思い直す他なく、布団の端へ膝を付く。
「河原の奥の、林の中へと連れて行かれて、レイプされたのよ」
「藍子! 」
夏希はみるみる頬を紅潮させて、藍子の首へとしがみ付いた。
「わた……わたしも今日、先輩の家で……」
「帰りに私がこの事を話しておけば、
避けられた筈なのに、夏希にまでなんて、アイツ、殺してやりたい! 」
「ううん。あと少し……という時に先輩の彼女がやって来て、
助かったの。先輩、太田に伝えろって言ってた。
『次はこんなものじゃ済まない』って。
藍子は九月から、ずっと狙われていたの? 」
すんでの所でアイツから逃れたと知り、
夏希に感謝した。負うべき責めが軽くなった気がして、浮かせた腰をぺたんと下ろす。
【0045】
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