「夏希、待って。一緒に帰ろう」
無視される。しかし懲りている場合ではない。
急ぎ足の彼女の腕を、力強く捕えた。
「聞きたい事があるの、夏希! 」
「放してよ! 」
立ち止まってはくれたが、
つかんだ腕は振り払われた。
首を捻った夏希から、冷えた一瞥を送られる。
が、すぐに彼女は目線を外して、木目の廊下へと暗く落とす。
「嘘つき! 私は、もう藍子と仲良くできないよ。
藍子はごまかしていたけど、本当は、
倉本先輩とは付き合っていたんでしょ。
先輩の卒業前に割り込んじゃったのは私だけど、
そうしたいって決めたのは、倉本先輩だから……」
(なぜ、こんな思い違いをしているの? )
打ち消す声を張り上げた。
「止めてよ! 倉本が私の彼だったコトなんか、
一度だってないわ。夏希! そんなデタラメ、誰に吹き込まれたの? 」
絶対アイツだ。知りつつも、問い詰める。
「藍子こそ、嘘はもういいよ。
だって私、倉本さん本人から聞いたんだもん」
(やっぱり……)
藍子の、みぞおちがキュッとする。
倉本のターゲットが藍子と夏希、どちらであっても、
関わった者が手酷く傷つけられるのは必至だ。
「あいつの表面に騙されちゃ駄目。
本性は怖い人よ、残酷な奴なのよ」
「自分がフラれたからって、なんでそこまで言うの?
ううん、分かってるよ私。藍子はまだ、倉本先輩を好きだからなんでしょう」
その誤解だけは虫唾が走る。
「……好きな人なら……他にいるわ」
「誰よ。私の親友なのに聞いたこと無い」
「叶いそうもない相手だったから、言えなかったの」
「じゃあ今、教えてよ」
こんな夏希に、香月くんの名を告げても良いのだろうか。
口止めしても、倉本へバラさないとは限らない。
私の代わりに、倉本の家まで出向いてくれた香月くん。
アイツから殴られた跡と思われる、
私を庇ったための、頬の痣。
「もう、告白して、ふられちゃってるから言いたくないんだ」
「そんなの! 」
素のままの濃い眉を険しく寄せた夏希が、
学生鞄を藍子の頭上で振り上げた。
「大体、藍子にとって私は何なのよ! 」
鞄は、身構えた藍子の髪を掠り、壁へ叩き付けられる。
「病欠が嘘なのは、みんな知ってるわ。
こんなに長く学校を休まなければならないような悩みも、
打ち明けてはくれない。私、
いつ相談してくれるのかなって、待っていたのよ」
夏希のお団子に結った髪からは、ほつれが落ち、
声は怒りで震えている。まさか夏希が、
こんなふうに考えていたとは。
【0040】
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