黄昏の薄日が完全に暮れ落ちて、
倉本はようやく参考書を片す。


電気スタンドの白球だけの明かりの下で、
カーテンを閉めずに、黒い夜を見つめる。


 今夜の空には雨雲がひしめくのか、ポツと光る星も探せない。


見上げれば、地上のネオンを切り捨てるかのように広がる、
空一面の黒。濁りなく見える闇は、ささくれる倉本の心を沈着にしてくれる。


 セミダブルのベッドへ造り付けられた引き出しから、
鋼鉄のやすり板と、削りかけた長細い石を四本取り出した。


 すり硝子のサッシに背を当てて座り、石の先端を、
よりナイフ状に尖らせようと、作業に励む。


 ナイフの原石は、河原で探して拾ったものばかり。
ショップのジャック・ナイフでは、愛着という点で到底かなわない。


 マルボロの煙をくゆらせながら、出来たての作品を薄闇にかざし、
尖り具合を暫し点検して合格とする。


鍵付きの飾り箱へ、完成させた鋭い石ナイフが、
コレクションとして増えてゆく。


色形の不揃いなナイフを、並べて見惚れるこの時が、
倉本にとってのヒーリング・タイム。


 根元まで吸ったマルボロを軒下へ投げ捨てると、
机上で充電中の携帯電話からのメロディが流れた。


「よぉ、相変わらずスゲェらしいじゃん。
倉本っちゃんのガッコの連れから聞いたけど、
学期末テストは学年トップだって? 
あれだけノンキに遊んでて、異常だぜ。
一体いつ、お勉強してんだか」


「なんだ、先輩っすか。俺、勉強なんかやっていませんよ。
勘ですよ、勘。試験もナンパもすべて勘。俺、努力って嫌いですから」


「はいはい。つまり天才ってコトかよ。
なあ、いいや。それより、新しいクスリでも買いに行かねぇか?
 一緒に気ィ晴らそうぜ。女は俺らが調達するから、
倉本っちゃんは金のほう、頼めない? 」


「いいですよ。じゃあ、車まわして下さい。
門の前でアクセル踏んでくれれば、すぐに出ますから」


 切った電話を腰のベルトに引っ掛ける。あぐらをかき、
指を前に組み、瞑想する頭の内側でさっき解いた参考書の数式を反芻する。


 高卒や、せいぜい三流大学で終わる先輩たちと、
自分とは、種族が違うと認識していた。


 むろん、自分を生んだ、間抜けな母親とも。


 路上から、吹かしたエンジン音が轟く。


 用心のためにマネー・カードを財布から抜き、
マルボロを皮ジャンパーのポケットへ押し込んで、サッシから庭に出る。


 すると夜気の中、勝手口の前に、塀の外をこそこそ窺う母が居た。


「どけよ。通れない」


「また、こんな時間から出かけるなんて……
せめて、どこへ行くのかくらい、親に教えてからでないと……
心配するでしょう」




【0030】

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