「僕ちょっと、トイレに行くよ」
父と同じく母を見捨てている倉本は、
お坊さんの来訪を、造ってもらったばかりの、
母屋とは離れた勉強小屋で待つ事にした。
(もう、おばあちゃんの作った御飯は食べられないんだ)
悲しいと言うよりは、空虚。
あまりに急だった。初めての肉親の死。
死に顔も安らかで、葬式の場も、
ドラマの画面に迷い込んだようで、実感を伴わない。
努力で泣くのも諦めた。ましてや、自分の心情を言葉で表したくとも、
心そのものが空っぽなので浮かばない。
虚しさを分かち合う相手もいないので、困りはしないのだが。
コン、ココンと素早いノックの後、
さきほどに母を助けた伯母が、倉本の返事も待たずに扉を開く。
「もうすぐ読経が始まるから、呼びに来たのよ。
ふぅ。本来なら、
あなたのお母さんが切り盛りしなくちゃならない
仕事まで私がやってあげてて……疲れたわ。
悲しみに浸る暇もありゃしない」
ぼやきながら伯母は、
光る目尻をそそくさと割烹着の袖へと吸わせた。
倉本は伯母から顔を背けて、サッシ越しの雪景色に話題を逸らす。
「風……強くなったね。吹雪いてるよ」
白雪が、祖母を包んで空へと連れて行くシーンが、朧ろに見える。
だが、倉本の胸をひととき暖めた幻想は、
伯母の頓狂な声によってかき消された。
「あらぁ、ま! すごい降り。帰りの道は大丈夫かしら。
ああ、そろそろ行かなくては。皆さんお待ちになってらっしゃるわ」
素直に頷き、母屋の廊下へと急ぐ伯母のうしろを付いてゆく。
歩みの足と同様に、伯母は舌もぶつぶつとよく回らせる。
「兄さんも、せっかく有名大学を出たというのに。
いくら金持ちの娘だからって、何もあんな鈍い、
田舎の四流大学出の女なんかを嫁に貰うなんて言い出さなくても……
案の定、夫婦の仲がうまくいっていたのは最初だけ。
若い頃の兄さんは、倉本の家と釣りあいの取れた綺麗な女性たちから、
引く手あまたに囲まれていたのに」
故人の嫁に関する口癖を、今度は、娘である伯母が継ぐ。
伯母の愚痴をストレートに受ける小学校の倉本は、
父そっくりに表情を消していた。
【0025】
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