◆エッセイ
「あ〜あ、お目出度いお国だねぇ」
佐々木 忠 様:作
先の衆議院厚生労働委員会での、
あの野党委員の「口ふさぎ」戦略。
まるで子供の喧嘩のようで、
あれが国民から選ばれた責任ある議員だと言う。
強引であるような与党の議会進行運営も問題があるようだが、
もっと何か別な方法がなかったのだろうか?
ご存知の、社会保険庁の廃止・
解体する社会保険庁関連法案の採決での国会演劇である。
何でも反対の野党もどうかとは思うが、
解体に名を借りた生き残り法案と言われても仕方ない部分も、
無いとは言えない点もある気もしないでもない。
2010年に、今の社保庁を廃止して非公務員型の公法人の
「日本年金機構」を創設すると言うものだ。
まぁ、外部即ち民間に業務委託してどうしても支払わない悪質滞納者には、
国税庁が強制的に徴収すると言うものである。
今度は、サラ金よりも恐いお偉い方々が睨みを効かせると言う。
v
その2010年までに、果たして掛け損をした年金者に満遍なく
年金が公平に行き渡るのであろうか?
確かに国会は、議論の白熱した意見を持って対案を出し合い、v
一番良い方法を議決することは当然である。
だがしかし、やはりお互いの垣根があり未だ過って
スンナリと法案の通ったが無い。
これがどうやら、「国会の活性化」
と言う風に勘違いされているような気がしないでもない。
無駄な審議を重ね、その経費は莫大な物であると言う。
過去には、「牛歩戦術」などと言うものもあった。
順番が来るまでに、
寝ていても歳費が転がって来ると言うご身分の方々である。v
やれ社保庁だ、それ林野庁だと談合がらみで
槍玉に上がる無駄使いもそうだが、
国会運営とて無駄を無くすような根回しをした運営が出来ない物なのだろうか?
あの各党に存在する「国会対策委員」と言う人達は、
いったい何者なのだろうか、どれだけの対策や意見を交わしているのだろうか?
どうもわれわれ国民の目には、あまり届かない人達のようである。
何となく、ニコニコ笑ってのご対面折衝のようで、
それで合意をしたのしないのと後で対立している。
腹の探り合いで、落とし所を探っているようにしか思いない。
数が民主主義のような気もしないでもないが、
もう少し反対の意見にも耳を傾けると言う大人の配慮も欲しい物である。
別に、オール与党になれと言うことでは無い。
意見の対立点を、国会審議前に「国対」
でキッチリ役目を果たしておいてもらいたいと言うことである。
もっとも、これも一種の「談合」だと言う人もいる。
とは言え、何となくやたらと「何々委員会」
などを設けて議員になった証のために、
役職を設けているに過ぎないような点もある。
こうした役職(運営委員会)なる委員会にて、
徹底討論してある程度の合意を持って国会に臨めば、
経費の掛かる国会審議がスムーズに行くはずであろう。
特に憲法問題は、大いなる激論は避けられまい。
最後に過半数と言う国民の歯止めはあるが今の与党の数からすれば、
当然法案の可決もやぶさかではないのである。
この過半数と言えども、例えば人口100人とした場合に
於いて実際に投票した人がその半分の50人だったとする。
その50人の過半数と言うことになれば、
30人や35人ぐらいで法案が通ることになってしまう。
従って、国民の関心の有無が大きく物を言うことになる。
そうした点からも、何をどのように変えたいのか
そしてその反対の理由はこうだと、
各党が国民に分かりやすく説明する義務があるものと思う。
ここはしっかりと、時間を掛けて白熱した議論は当然期待するわけだが、
それよりも先ず国民自身も歳費で食する政治屋に任せ切りにせず、
どうあるべきかの一人一人の心の準備が必要であろうと思われる。
もっとも、公明党が「加憲」と言う「妙な表現」
を使って自民党と一線を画しているところを見れば、
スンナリと自民党方式は取れない物と思う。
どっちにしろ、「居眠り国会」は当分無さそうである。
新聞に掲載なった、衆院可決風景のこの写真を改めて見てみると、
女性議員の勇ましさが伺えた。
「うーん、やはり戦後は靴下と女が強くなった」
と言うが、なるほどとつくづく思い知らされた感じがした。
がしかし、「子を産む機械」発言で燃え立った女性議員達には、
子供の居ない女性議員も多く登場した。
その割には、「少子化」
についての女性議員達の活発な意見の交換が見えないような気がする。
人口が、ピラミット型の反対になって行き頭でっかちな状態になり、
年金を納める若年層が減ったなら年金が崩壊する。
それだけではない、日本国内の産業にも影響し
国際競争力が低下することは疑いない。
若い人達の心の底辺には、
こうした人達の姿がこれからの日本の姿として写っていなければ良いがと、
独り危惧しもう一度家族のあり方を考えさせられた。
強くなり過ぎて、
伸びない不味いうどんやソバを食べさせられているような
ことにならなければ良いがとも思う。
とは言え、結婚するもしないもまた個人の自由でもある。
反対に、
社会にみ出す子供を持つよりは独り身の方が良いと思う時もあろう。
がしかし、民族の衰退は喜ばしいことではない。
だが、中には産めたくとも産めない立場の人もおろう。
それは、例外として止むを得ないことである。
インドや中国のように人口の多いのも問題になるが、
せめて「一人っ子政策」
の無い日本をもう一度大事に考えてもらいたいものである。
これは「オヤジの苦言」ではあるが、
孫を持って税収の一環に寄与する者として、
政府により一層の子育てしやすい環境の整備を期待したいものである。
それで以って、「美しい国」なのではなかろうか?
もっとも総理は、たまたま「美しい社会」
と発言して少しずつ方向転換して来ているような気もしないでもない。
「美しい国」作り、それは取りも直さず
「より美しい自己表現と実現」
を日本人ひとり一人が出来るような社会のことでもある。
であるとすれば、あの「口ふさぎ議会運営」のように
「余計なこと言わないで」と、
女性群からその自己表現と実現を以って意見されかねないかも知れない。
そんなことを考えているうちに、今度は政局が変わってきてしまった。
v
「阿倍総理」の、「おらぁ内閣、やーめた」
で再びお先真っ暗になってきた。
あーぁ、
ひ弱い御曹司を総理にしたが故に再び無駄な経費を払いながらの、
総裁の椅子を巡る選挙戦と来た。
再び、「国民不在」の旧来の自民党式の数の原理で決まるようである。
どうも、お堅いことで恐縮である。
「物言えば 余計なことと 自由な国」で、お目出度いお国なのであろう。
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